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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
石破政権が目指す実質賃金引上げの本当の意味 ~生産性を上げなければ日本は変わらない~

政府はなぜ実質賃金の引き上げを目指すのか

 石破茂首相は10月4日に行った所信表明演説で、「一人一人の生産性を上げ、付加価値を上げ、所得を上げ、物価上昇を上回る賃金の増加を実現してまいります」と述べました。前政権の「経済財政運営と改革の基本方針2024」にも、「物価上昇を上回る賃金上昇を達成し、定着させる」とありましたが、なぜ政府は実質賃金の引き上げを掲げるのでしょうか。

 確かに、消費者にとっては物価上昇率以上に賃金が上がってくれた方が良いに決まっていますし、実際、実質賃金の上昇は消費にプラスに作用します。しかし、理論的に言うと(実証的にも)、実質賃金の上昇率は生産性の上昇率で決まります。つまり、実質賃金上昇率を引き上げるということは、生産性上昇率を引き上げるということを意味します。

 実は、この実質賃金と労働生産性の上昇は、インフレ率の中長期的な姿にも大きな影響を及ぼします。従って、それを引き上げることは、日本経済がデフレから完全脱却するため、もっと言うと、日本銀行の「物価安定の目標」を実現させるために不可欠なことでもあります。以下では、この点について、実際の統計を見ながら分かりやすく議論してみます。

8月の実質賃金は3カ月ぶり減少も、今年後半にかけてプラスで推移する見込み

 10月8日に厚生労働省が発表した8月の毎月勤労統計調査では、実質賃金(現金給与総額ベース<従業員5人以上の事業所>)が前年比マイナス0.6%と、3カ月ぶりの減少となりました(図表1)。しかし、政府による電気・ガス料金の補助金が9月以降の物価上昇率を抑えることもあって、9月以降は再びプラスに転じると予想されます。

<図表1 日本の賃金動向(毎月勤労統計)>

(注)現金給与総額(5人以上の事業所)ベース。
(出所)厚生労働省、楽天証券経済研究所作成

 少し長い目で見ると、現在、強かった今年の春闘の結果が順調に賃金に反映されつつある局面にあり、名目賃金(現金給与総額)は大幅増を持続。所定内給与も31年10カ月ぶりに前年比3.0%に到達するなど、こうした流れは今年後半も続くことが見込まれます。問題は、プラスに転じた実質賃金が、どんな水準に落ち着いていくかです。

 以下ではそれを議論するわけですが、賃金の指標としてはGDP(国内総生産)統計(国民経済計算)の雇用者報酬を使います。これを使うことで、同じくGDP統計から算出する労働生産性と基準をそろえて議論することが可能となるからですが、見る統計を変えますので、まずはその雇用者報酬の動きから確認しておきましょう(図表2)。

<図表2 雇用者報酬の推移>

(出所)内閣府、楽天証券経済研究所作成

 図表2を見ると、足元にかけて名目雇用者報酬はかなり伸びているのに対し、物価の変動を取り除いた実質雇用者報酬は、高インフレを背景に減少していることが分かります。ただし、直近の2024年4-6月期は、名目雇用者報酬が前年比3.8%の大幅増となり、実質雇用者報酬も前年比0.8%と、2021年7-9月期以来のプラスとなっています。