自社株買いは、なぜ株主への利益配分になるのか?

「自社株を買うんだから、株価が上がるのでしょ」と、自社株買いの意味を「買いが入る」という需給材料だけと考えている方もいます。

 確かに「自社株買い」を発表した企業の株価が、短期的に大きく上がることもあります。自社株買いをネタに、短期筋が買い上がると、そうなります。でも、それだけならば、短期的な株価材料にしかなりません。企業の投資価値が変わらなければ、いずれ売られて、元の株価に戻るでしょう。

 自社株買いの意味は、「買って株価を押し上げる」ことではありません。「1株当たりの利益を増やす」ことにあります。

 自社株を買うと、発行済み株式数が減ります。会社の利益総額が変わらなければ、1株当たり利益が増えます。1株当たりの利益が増えることを好感して株価水準が高くなることが期待されます。

 少し分かりにくかったかもしれないので、「例え話」で説明します。40個のケーキ(企業の純利益)を株主10人で均等に分け合うことを考えてください。1人4個ずつもらえます。ここで、企業が自社株買いを実施し、株主2人の株を買い取ったとします。すると、株主数は8人に減りますので、1人当たりのケーキの割り当ては、5個に増えます。

 このように自社株買いとは、株式数を減らすことで、1株当たりの分け前を増やすことにあります。

配当よりも自社株買いの方が、株主にとってのメリットは大

 以下の【1】と【2】で、株主にとってのメリットが大きいでしょうか?

【1】配当利回りで2%に相当する配当金を出す
【2】発行済み株式総数の2%に相当する自社株買いをやる

【1】と【2】で会社に必要な資金はほぼ同じです(自社株買いのマーケットインパクトをゼロと仮定した場合)。ところが、株主にとってのメリットは【2】自社株買いの方が大きいと言えます。

 2%の配当金をもらうと、株主は配当金から源泉税などの税金を引かれます【NISA(ニーサ:小額投資非課税制度)などの非課税投資口座を使わない場合】。得られた配当金で投資を続ける場合は、改めて株を買い直す必要もあります。

 一方、2%の自社株買いで理論通り、2%株価が上昇する場合は、株主はすぐに税金を取られることはありません。売却して売却益を確定させない限り、税金はかかりません。いつ売却して税金を払うか、株主に選択権があります。再投資する手間もなく、そのまま複利で投資を続けられます。

 従って、株主にとって、配当金より自社株買いの方が本当はありがたいのです。それが分かるから、米国の大手ハイテク企業では、株主への利益還元は自社株買いだけでやり、配当金なしにしているところも多数あります。

自社株買いは、会社にもメリットがある

 自社株買いは、株主にメリットが大きいですが、会社にもメリットがあります。買い取った自社株に対して、会社は配当金を払わないで済みます。買いつけた株数の分だけ、配当金の支払い総額を減らすことができます。

 米国企業は、自社株買いを、財務戦略の一環として重視しています。昔、米国企業の投資家説明会で、自社株買いの目的を「自社株への投資が、一番利益率が高いので実施する」と説明していたのを聞いたことが印象に残っています。

 簡単な例で説明しましょう。

 A企業が、余剰キャッシュを10億円持っていたとします。その使い道に、【1】設備投資、【2】借金返済、【3】自社株買い、【4】大口定期預金の四つの選択肢があったとします。

【1】設備投資のニーズなく、無理に投資しても投資利回りは2%しか期待できない
【2】借入金利は2%
【3】自社株の配当利回りは3%
【4】大口定期預金の利回りはメガ銀行で0.002%程度

 この場合、自社株買いの利回りが一番高くなります。配当金は、税引き後利益から払われます。配当金を減らせば、税引き後で3%のリターンが得られます。税引き前では、4.5%程度の高い確定利回りが得られる計算となります。

 このような場合に、財務戦略として、自社株買いを実施することが、会社にとって一番利益率の高い投資先となるわけです。米国企業は、そういうことを説明していたのです。

自社株買いのメリット、おおまかな計算

 自社株買いを発表する企業が増えています。発表された自社株買いが、株主にどのくらいのメリットがあるか、おおよその見当をつける方法を、お教えします。

 発表された自社株買いが、全て実行されるとした場合、発行済株式数が何%減るのか、見るとよいです。

 具体例を見てみましょう。以下をご覧ください。

<2024年2月6日に発表された三菱商事(8058)の自社株買い概要>

出所:同社適時開示資料

 ここで、一番注目していただきたいのは、私が赤で囲んだところ、「発行済株式総数に対する割合10%」です。上限株数を発表時の株価で買い付けると、発行済株式総数が、10%減少します。ということは、1株当たり利益が、おおむね11%増えるわけです。

 PERなどの株価評価が変わらなければ、自社株買いで、1株当たり利益が11%増加し、株価が11%程度上がると期待できます。厳密に計算すると、もう少し異なる結果となりますが、ざっくりしたメリットの把握としては、上記でOKです。

 この発表が出た翌日、2月7日に三菱商事株は前日比9.7%上昇しました。自社株買いの理論上のメリット(約11%上昇)をほぼ一日で織り込んだ形となります。

 次に注目していただきたいのが、青で囲んだ「取得期間」と「取得の方法」です。「2024年2月7日から2024年9月30日」まで、「市場買付」とされています。つまり、「半年くらいかけて、市場で買っていく」ということです。

 自社株取得枠で表示される金額は、あくまでも上限であって、それを本当に全て買うか分かりません。株価が上昇し過ぎると、買わないこともあり得ます。

 三菱商事は、ここで発表した自社株買いを9月17日までで完了したと発表済みです。同社発表によると、2月7日から9月17日までの間に、金額で上限の5,000億円まで東京証券取引所で自社株を買い付けました。株数では1億5,662万7,000株までしか買えませんでした。株価が高かったためと考えられます。