声明文の「当面、緩和的な金融環境が継続する」の意味~日銀文学を解きほぐす~
前の「緩和的な環境」、「普通の金融政策」は、声明文にも記載されている内容であり(下記)、それが今回の声明文の中で最も重要なポイントであるとみています。
短期金利の操作を主たる政策手段として、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営する。現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている。
(出所)日銀、楽天証券経済研究所作成
前段の「短期金利の操作を主たる政策手段として、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営する」が「普通の金融政策」を指し、後段の「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」が「緩和的な環境」を指しているわけですが、ここで「あれ?」と思われた方、鋭いです。
前段の「普通の金融政策」に関しては特に違和感はないと思います。経済・物価・金融情勢に応じて金融政策は判断するわけですから。しかし後段の文章、自分で作文するならどう書くだろうかと、考えてみてください。おそらく「当面、緩和的な金融環境を維持する方針である」とか「継続させる方針である」と、能動的に書いたのではないでしょうか。
ここに日銀文学があります。つまり、ここでいう緩和的な金融環境とは、政策金利と経済・物価から結果的に生まれる環境のことであって、必ずしも今の低い政策金利を当面続けるという意味ではありません。
この「当面、緩和的な金融環境が継続する」という客観的な言い回しは、その裏側に政策金利と、経済・物価情勢で決まる中立金利との比較が隠されていることを示しています。
具体的な数字を使って説明しましょう。これまで多くの研究者が日本の中立金利(実質)を推計していますが、結果は大ざっぱにプラス0.5%~マイナス1%の範囲でバラついています。
仮に、それを保守的に見てマイナス1%だと想定すると、インフレ率がプラス1.5%なら、政策金利をプラス0.1%に引き上げても実質政策金利はマイナス1.4%となり(=0.1~1.5%)、中立金利より低いことから緩和的な金融環境と言っても間違いではありません。
その後、前提としていた経済・物価見通しが上振れ、例えばインフレ率がプラス2%になったとすると、政策金利をプラス0.5%に引き上げても実質政策金利はマイナス1.5%(=0.5~2.0%)と引き続き中立金利より低く、利上げしたにもかかわらず緩和的な金融環境が継続していると説明することが可能です。
このように、声明文に記載された「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」は、決して政策金利を今のまま引き上げないというフォワードガイダンスではなく、経済・物価見通しが変化して政策金利を引き上げる際に、それでも緩和的な金融環境が続いていると説明するためのレトリックだと解釈することができます。
物価安定目標が実現する見通しの「確度」が高まれば追加利上げ
以上を勘案すると、追加利上げに踏み切る決め手になるのは、経済・物価見通しの上振れと考えるのが自然ですが、それだけではないようです。というのも、植田総裁は今回の記者会見で以下のような発言もしています。
2%の持続的・安定的実現の確率という観点で申し上げれば、まだ100%ではないわけですけれども、だんだん上昇してきて(中略)、大規模緩和の解除に必要な、ある種の閾値(いきち)を超えたということで、今回の判断に至ったということでございます。さらに、それが上昇するということになれば、見通しが変わったという言い方になるかと思いますが(中略)、また政策金利水準の引き上げにつながるということになるかと思います。
(出所)各種メディア映像より楽天証券経済研究所作成
この発言から分かることは、マイナス金利解除を巡って植田総裁が述べてきた、物価安定の目標が実現するという見通しの「確度」という曖昧な尺度が、今も生きているということです。この「確度」が確率で言えば何%なのか、上の発言にある閾値が何%なのか、それは結局植田総裁、というか日銀が決めることであって、我々は知る由もありません。
この「確度」という、言ってみればどうとでも取れる便利な基準は、金融政策運営の機動性と自由度を日銀に与えるワイルドカードであり、それを利用すれば、必要なタイミングで追加利上げを行うことが可能となります。もちろん、その時は見通しが変わったと説明するのでしょうが。では、何がワイルドカードを発動させるのでしょうか。
為替が追加利上げを促す可能性も~3月FOMCの結果~
もしかすると為替かもしれません。相場は植田総裁の記者会見の後、1ドル=151円台後半まで円安ドル高が進みました。
しかし、注目されていたもう一つのイベント、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が19、20日に開いたFOMC(連邦公開市場委員会)で現状維持を決定し、政策金利の見通しを示すドットチャートも2024年中の利下げ回数が3回と前回昨年12月時点から変わらなかったため、1ドル=151円近辺まで戻しています。
ただ、このところの流れを引き継いで円安がさらに進むようなことになれば、輸入物価の上昇を通じて再びインフレ圧力が強まり、消費をはじめとする内需をますます抑制することになりかねません。為替が直接日銀の金融政策変更につながることはありませんが、経済・物価を通じて間接的には金融政策の決定に影響を及ぼすため、注意が必要です。