株式会社は誰のものか?

「まず質問です。世界で最初の株式会社は?」
「東インド株式会社でしたっけ。歴史の授業で習ったやつですね」
「正解。オランダのこの会社がはじめてだと言われていますね。1602年、徳川幕府が発足する1年前に設立されています。では、なぜこの時期(17世紀)にヨーロッパで株式会社が設立されたのか。これを知るにはその時代背景を簡単に見ていくとわかりやすいです」

「この時代のヨーロッパでは大航海時代と呼ばれ、15世紀にバスコ・ダ・ガマが喜望峰ルートを開拓し、インド、アジアへの航路が開かれ、コロンブスは西を目指しアメリカ大陸を発見しました。そして探検家たちはこぞって航海にくり出し、主にコショウなどの香辛料をヨーロッパに持ち帰り、莫大な利益を得ました。当時はコショウの数をピンセットで一個一個数えたと言われるほど貴重なものでした。

ただ、その航海は誰でも成功する訳ではなかったんですね。難破や海賊、敵からの襲撃、疫病への感染などとてもリスクが高く、何割かの船は戻ってこなかったくらい、とても危険なものでした。しかし、下層民や貧者でも勇気と幸運に恵まれれば、航海を成功させることによって有り余る名声とお金が転がり込んできたのです。ここまではよろしいでしょうか?」

 急に池上彰らしき口調になった先生に隆一は笑いをこらえながら、「へ~、昔はコショウはそれほど貴重だったんですね~」とTV番組のコメンテーターのようなリアクションをしてみた。

 先生も調子よく「そうなんですよ~」と頷きながら説明を続けた。

「では、なぜ貧しいが勇気だけはある探検家は、航海に出ることができたのでしょうか」
「そうですよね。船とかどうしたんですかね」

「これは『パトロン』と呼ばれる探検家を応援するお金持ちがいたからです。ベネチアのメディチ家などはパトロンとして有名です。応援するといっても、寄付ではありません。航海が成功したあかつきには、きちんと利益配分を受け取ります。出資者は出したカネが戻ってこないというリスクをとるかわりに、探検家への報酬、経費を除いたリターンを自分のものにする権利を得たわけです」

「ここで3人の人物が登場します。探検家、出資者、船員です。当たり前ですが、出資者が船に乗って航海に出る訳ではありません。航海に出るのは探検家です。この出資者と探検家がいっしょではないところがポイントです。株主というのは資本(お金)の出し手であり、会社は資本の出し手である株主が経営を支配する権利を持っている仕組みになっています。経営者はその代理人に過ぎません。ですから、航海で得た利益は基本的には必要経費(船員たちへの給料、探検家への報酬など)を除いてすべてが出資者のモノになります」

 先生の絵を書きながらの説明に、隆一は池上彰の番組を見るように聞きいった。

「一度話をまとめましょう。まずリスクを取ってビジネスを起こしたいという起業家がパトロンからお金を集めるために、株式会社を作る。起業家は「お金を出してもらいましたよ」という証拠に株式を発行する。その株式(証書)を持っている人が『株主』です。そして、起業家はそのお金を使って設備を買い、社員を雇い、事業を始める。うまくその事業が軌道に乗れば、起業家は利益の中から役員報酬をもらい、社員は給料とボーナスを受け取ります。株主は、その出資比率(いくらお金をだしたか)に応じて配当を受け取ったり、その株価の値上がり益を得たりすることができます。つまり、株式での投資は、出資比率に応じて経営に参加でき利益の配分を受けられるということです。また、その責任は有限で出資額以上のリスクはありません。これが現代になると、その株式が取引所に上場されていれば、いつでも売買できる、というわけです」
「そういうことだったんですね。社長、社員、株主の関係がようやくわかってきました」