資本主義と倫理が、長期投資の成否を決める?
「資本主義は、社会の仕組みであると同時に、一つの思想でもあります。資本主義を学ぶ意義は、何も社会の仕組みを理解することだけではありません。『善き生活習慣』を学ぶことにもなります」
<おいおい、経済の話ならともかく、生活習慣って。さすがに訳がわからんぞ>
隆一は、たまらず聞きなおした。
「善き生活習慣って何ですか?」
「たとえば、ヨーロッパで近代資本主義社会を創り上げた人々が体現していた精神を『資本主義の精神』と呼んでいます。同じ働くのでも、カネを儲けたいとか、贅沢をしたいとかの動機からではなく、勤勉と倹約という生活習慣が尊い生き方であり、豊かになるのはその結果に過ぎないと考える倫理観です。日本人にも、『働くことそのものが尊い』『倹約はケチとは異なり、家を治め、身を修めること』という類の伝統がありました。その倫理観が、日本がアジアでいち早く近代資本主義国家を築き上げたという見方もあります。いまは『働き方改革』や『ワークライフバランス』などと言われて、勤勉と倹約という道徳律はあまり流行りませんが、資本主義とは単なる営利活動の仕組みではなく、渋沢栄一が<論語とそろばん>と表現したように営利と倫理は一体である、ということです。日本の<資本主義の父>と言われた人物の言葉ですよ」
先生は続けた。
「私が言いたいのは、仕事も投資も『カネ儲け』という動機だけで取り組むより、勤勉に働くこと、節度を持った生活をして世に役立つことこそ価値ある人生であり、そうした暮らし方を貫く一環として仕事をし、投資をするほうが長続きするし、成功への近道でもあるということです。儲けたい、もう少しおカネが欲しい、というのは誰しもやまやまでしょうが、仕事でも、投資でも、本当に傾注できる人には、カネ儲けという動機だけではない生活倫理のような倫理観が背景にある、ということです」
「先生、『稼ぐことは善』と言ったくせに、『投資でカネを儲けたい』ではなぜ、いけないのですか?」
いらだつ隆一を遮るように先生は続けた。
「あなたが、投資で痛い目にあわないためです。投資で儲かることは重要ですが、それだけでなく、投資という行為を人生の中できちんと位置づける倫理観を持たないと、投資の勉強にも身が入らないし、実際の投資で直面するマーケットの短期変動にメンタル面でも克服できないからです。それでは、長続きしないし、長期投資の成果も乏しくなります。私はここの理解を飛ばして、投資で酷い目に合った人をたくさん知っています」
第9話:「リスクから逃げるか、可能性に賭けるか」を読む
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