富裕層に偏る資産所得、小口投資家を増やすことが格差縮小に

 投資を始める最も大きな壁となるのは、余裕資金がないことが挙げられます。金融庁が投資未経験者を対象に資産運用を行わない理由を尋ねた調査で、トップに挙がったのは「余裕資金がないから」(56.7%、複数回答)でした。

 首相官邸のYouTubeチャンネルでは岸田文雄首相が自ら出演し、NISAの抜本的拡充の意義を強調しています。一方、チャンネルのコメント欄には「そもそも貯蓄ねンだわ(ママ)」「低所得者は投資の余裕がない」といった批判的な投稿も目立ちます。

 新NISAでは、投資余力が大きい高所得者層に対する際限ない優遇とならないように生涯投資枠1,800万円の上限が設けられ、中間層が老後などに備えて資産形成ができるよう制度がつくられています。

 しかし、投資をできる人とできない人で格差が生まれる恐れもあります。インフレを受けて、今年の春闘で多くの企業が賃上げを実施しましたが、今後も資産運用の元手となる賃金が上がることが課題になります。

 一方、小口の個人投資家を増やすことが格差縮小につながる可能性もあります。日本では株式などの有価証券を保有する世帯が富裕層に偏っており、資産所得の格差が他の主要国と比べて大きいといった海外の研究者による指摘があります。

 日証協の小西氏は「日本では有価証券に投資をしている成人は2割ほどしかおらず、約8割の人は資産所得がほとんどゼロの状態。資産所得の格差をなくしていくためには小口からでも多くの人に資産形成に参入してもらうことが課題になる」と強調します。

少額投資しやすい環境整備進む

 以前と違って、大きな資金がなくても少額から投資を始められる環境が整ってきています。東証は昨年10月に投資単位が50万円以上の上場企業に対して単位の引き下げを検討するよう要請をしました。

 これまで最低投資金額に当たる1単位(100株)が大きい銘柄については、個人がNISA などで資産形成する枠組みにはまらないのではないかという指摘がされてきました。

「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング(9983)や、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド(4661)信越化学工業(4063)などで株式分割の発表が相次ぎました。

 東証の集計によると、今年1~7月に株式分割を決めた企業は87社に上り、前年同期からほぼ倍増しました。背景には、企業間の株式持ち合い解消が進み、新たな受け皿として個人株主に注目する企業が増えてきたことがあります。

 証券会社では売買単位が100株に満たない単元未満株の取り扱いが広がっており、1株から購入できるようになってきました。東証の長谷川氏は「バブル期にはNTT株1株が数百万円といったこともあったが、少額から投資をしやすい環境が整ってきている。余剰資金を少しずつでもコツコツと投資に回すことが大切になってくる」と話します。

金融経済教育も課題に

 課題の一つになるのが金融経済教育です。株式や投資信託などの金融商品は銀行預金と違って元本保証がなく、株価の値下がりなどで損をするリスクもあります。投資家の自己責任でリターンに見合ったリスクも負わなければいけないため、個人の金融リテラシー育成が重要になります。

 ただ、日本銀行が事務局を務め、金融経済団体から構成される金融広報中央委員会の調査によると、金融知識に自信がある人の割合は米国では71%に対して、日本では12%と低く、投資や資産運用に及び腰になっている現状が浮かび上がります。

 背景には金融経済教育が欧米に比べて遅れていたことや「投資は危ないものだ」といった認識も根強く残っていることも影響しているとみられます。

 昨年度から高校の家庭科で投資や資産形成まで踏み込んだ金融経済教育が必修となり、授業が行われています。

 政府は幅広い世代に向けて金融経済教育を支援する認可法人「金融経済教育推進機構(仮称)」を来春に設立、来夏に本格稼働する方針です。そこでは教材の作成や学校や企業への講座の展開、金融商品を分かりやすく解説する中立アドバイザーの認定などを行う予定となっています。

 JPX(日本取引所グループ)傘下の東証と大阪取引所でも昨年4月に金融知識を総合的に提供する統一ブランド「JPX マネ部!ラボ」を設置し、ポータルサイトでの情報発信や、学校や職域での講義や研修の強化を進めています。

 東証の長谷川氏は「SNS(交流サイト)などで投資に関する情報を発信するインフルエンサーも増えてきて歓迎すべきことだが、中には誤解を招きやすかったり、特定の方向に偏ったりした情報もある。公正中立の立場で情報提供していきたい」と話します。

 日証協でも金融経済教育を担う教員向けのセミナーなどを行っています。

 新NISAを起点に日本で「貯蓄から投資へ」が進むのか、正念場を迎えそうです。

(取材はトウシル編集チーム 田嶋啓人)

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