次の相場のテーマ

 私は、中長期の米国株の相場のテーマは「生産性の向上」だと思います。

 2020年のはじめ新型コロナがやっかいな疫病だと判明し、米国株が急落を演じました。ひとびとは自宅待機を強いられ、政府は特別見舞金を予算計上し、ビジネスはリモートワークに切り替え、「ワープ・スピード計画」でワクチン開発に奔走したわけです。

 それが功を奏し経済が再開すれば、今度はサプライチェーンの混乱、待機需要が引き起こした価格上昇プレッシャーなどが引き金となりハイパー・インフレが引き起こされました。とりわけサービス業を中心とする求人の増加が賃金インフレを誘発しました。

 いまようやく求人数は落ち着いてきており、しつこい賃金インフレは、以前ほど憂慮すべき要因ではなくなりつつあります。

 株式市場に目を転じると10月27日のS&P500種指数4,103.78のザラバ安値を境としてマーケットが切り返してきた理由は1年半にわたって続いてきたFRB(米連邦準備制度理事会)による米国の政策金利、フェデラルファンズ・レートの利上げが、いよいよ「利上げ打ち止め!」になったという認識が広がったからに他なりません。

「利上げ打ち止め!」というのは相場を駆動するパワフルな材料です。しかし永遠にそれをはやして買い上がるわけにはゆきません。おのずと市場参加者はソフトランディングにフォーカスしはじめています。

 ソフトランディングとは、景気の勢いをそぐことなく、物価を安定させることを指します。いま米国の失業率は3.9%と、歴史的に見て極めて低い水準であり、経済は好調です。

 物価の安定の達成は、まだ至らない部分があるものの、良い感じで進捗(しんちょく)中です。

 ならばソフトランディングは、かぎりなく実現する可能性が高まっていると結論付けることができるのです。

 しかし景気サイクルが中央銀行家の思うようには動かないのは関係者がよく心得ていることであり、実際、過去にきれいにソフトランディングできた事例は1995年しかありません。そのくらいソフトランディングは難易度が高いのです。

グリーンスパンがソフトランディングに成功したわけ

 アラン・グリーンスパンは尊敬されたFRB議長でしたが、「彼がうまい采配をしたから…経済がソフトランディングした」と評するのは、すこし買いかぶり過ぎです。

 当時米国経済がソフトランディングできた理由は1995年にインターネット・ブラウザーのスタートアップ、ネットスケープがIPO(新規株式公開)し、インターネット・ブームが到来したからです。

 それまでつながっていなかったコンピュータが、インターネットを通じて連結される…これによる効率の向上には計り知れないものがあります。つまり1995年当時は途方もない生産性向上のただ中にあり、それが好景気でも価格プレッシャーを誘発することなく良い感じで経済を運営してゆくことを可能にしたのです。

 第二次世界大戦以降、米国の生産性は年々2.19%で向上してきました。ところが1995年から2000年にかけてはそれが2.83%にジャンプしました。

グリーンスパンは「生産性の向上が止まらない!」と公の場で何度もそれに言及しています。

つまり「ソフトランディングが可能になった背景には技術革新と、それがもたらす生産性の向上があった」ということです。

AIは生産性の向上をもたらすか?

 そこで問題になるのが、「いま流行しているAIは、インターネット・ブームの時と同じような生産性の向上をもたらすのか?」ということです。

 いまはAIブームがはじまったばかりなのでそのインパクトを測るのは難しい気がします。ただAIが約束する未来が、能率の向上と切っても切り離せない以上、ある程度、労働生産性へのインパクトも想定しておいたほうが良い気がします。

 もういちど整理しなおすと、AIは生産性の向上をもたらす可能性を秘めているし、生産性が向上すれば経済がソフトランディングしやすくなるということです。

ソフトランディングと株式バリュエーション

 さて、これまで論じてきたようにソフトランディングというのは極めてレアな現象であり、滅多なことでは起こりません。今回もそれが起こったと決めつけるのはまだ早いです。

 しかし仮にソフトランディングが起きたとしたら…それが株式市場に与える影響はどんなものでしょう?

 結論は、1995年から2000年にかけてS&P500のCAPE(シクリカル要因調整後株価収益率)は21倍から47倍にジャンプしているのです。つまり猛然たるマルチプル・エクスパンション(=株式バリュエーションの拡大)が起きたということです。

それ以外に1990年代後半に起きたこと

 当時はインターネット・ブームが米国経済にもたらすポジティブなインパクトを背景として米国経済は「独り勝ち」の状態となり、いわゆるパックス・アメリカーナ(米国の覇権)ということが言われました。為替は84円から日本で金融機関がバタバタ潰れた1998年までの間に140円までドル高になりました。

まとめ

 米国株は「利上げ打ち止め!」以降の新しい相場のテーマを必要としています。「ひょっとするとソフトランディング?」という声が高まっており、これが相場のテーマになる可能性が出てきています。しかしソフトランディングの事例は極めて少ないです。

 前回、ソフトランディングしたときはインターネットの登場による「生産性の向上」が背景にありました。いまAIという生産性を向上させるかもしれないツールを得て、再びソフトランディングへの期待が高まっています。