3.「運用利回り」と「余命」に楽観主義を持ち込まない

 高齢者のお金の扱いで、しばしば「危ない!」と思うのは、たとえば「3%」といった利回り(注:3%は決して安定的に目指せるレベルの利回りではない)があることを前提として、資産の取り崩しを行うことだ。さらに悪いのは「3%を目指す」とうたう運用商品に資産を投じることだが(運用の世界にあって「目指す」と「できる」は全く別のことだ)、いずれも危険だ。

 年金基金のような組織の資金運用と異なり、個人の資産運用と資産の取り崩しにあっては、運用が失敗して資産が足りなくなっても、不足を埋めてくれる主体がない。

 また、資産の取り崩しなどを考える際に、「俺は、あまり長生きしないから」と決め込んで(注:なぜか男性に多い)、自分の長寿を想定しようとしない人が多いことだ。

 あたりまえだが、世の中には「平均」寿命よりも長生きする人がいるし、平均寿命自体が時と共に、まだ延び続けている。

東大が作った高齢社会の教科書』(東京大学出版会)によると、高齢者の意思決定の傾向として、決定を先送りしようとすることと共に、悪いケースについて軽視しようとしがちであることが指摘されている。

 根拠のない楽観主義を晩年のお金の扱いに持ち込まないことが肝心だ。

 

4.お金の問題を「人」の善し悪しで判断できると思うな

 お金の問題に関して高齢者の困った傾向のひとつとして、投資対象自体やサービスの選択肢自体の価値評価ではなく、商品やサービスを紹介する人の人柄や信用度で評価しようとすることが挙げられる。

「○○銀行の××君は真面目ないい人だから、彼がすすめる商品に悪い物はないはずだ」といった判断で、不適切な商品に投資してしまうようなケースが典型的だ。

 金融マンにしても、FPにしても、素人が「人」の良し悪しや能力を見抜くことができると思うのは愚かな錯覚だ。特に、金融マンの場合、ビジネス上の利害関係があることを忘れてはならない。

 

5.自分のお金の在処を相続人にわかるようにしておこう

 仮に、ある高齢者が自分の預金口座について忘れてしまい10年以上経過したとしよう。この口座にある預金は、「休眠預金」として銀行の本部に利益の形で吸収される。将来、遺族や家族が、通帳や印鑑など預金の存在を証明できる証拠を持ってきた場合に銀行が自主的に払い戻す場合があるが、銀行は書類の保管期限が10年でいいことになっているので、将来確実にお金が戻る保証はない。

 筆者は、かつて父親の退職後の預金口座の動きを知りたくて、あるメガバンクにデータを請求したことがあるが(本人を窓口に連れて行かなければならないので、なかなか大変だった)、肝心な部分である10年以上遡るデータについては出してもらえなかった(一方で、某地銀は快く出してくれた)。

 銀行預金、証券口座、生命保険などについて、自分の資産の「在処」を家族などの第三者と共有しておくことが重要だ。

 ただし、「へそくり」のような金融資産は存在を家族に知られたくないのかも知れないし、ひとくちに家族といっても相続の問題が絡むので、お金の在処を誰と共有するかは、場合によっては難しい問題となるだろう。

「信用できる相手」を持てるか否かは、人生にとって大きな課題だ。

 

6.成年後見制度に注意しよう

 金融資産や不動産などを所有する本人の認知能力が衰えてきた場合に、金融機関や不動産会社から、取引のためには「後見人をつけて欲しい」と言われることがあるが、不用意に後見人をつけると大きな不都合が生じる場合がある。

 後見人は、四親等以内の親族や自治体が家庭裁判所に申し立てることができて、家庭裁判所の判断で任命される。この場合、たとえば、本人の息子が自分を後見人に推薦し申し立てを行っても、この息子ではなく、見ず知らずの弁護士や司法書士が法定後見人としてつく可能性が少なからずある。

 法定後見人が付いた場合、(1)被後見人の財産を必要なだけ引き出すことが難しくなるケースや(後見人の判断で、たとえばひと月に10万円までしか生活費の補填に使えないようなケースが起こり得る)、(2)後見人に対するそれなりの高額な報酬(※)を被後見人本人が亡くなるまで取られ続ける事になるような、不都合が起こるケースがある。
※家庭裁判所が報酬額を決めるが、最低でも年間24万円と言われている。預金額が大きかったり、不動産取引があったりすると報酬はさらに増える。

 法定後見人の全てが不都合なケースばかりではないだろうと推察するが、問題のあるケースを方々で聞くので、注意したい。

 望まない法定後見人がつかないようにするためには、本人が契約を結ぶに足る理解力があるうちに、「認知機能が衰えた場合には、○○(家族の誰か)を任意後見人にする」という契約を結んであらかじめ有効にしておくことや(本人の任意の契約は優先される)、不動産など相続したい財産について信託契約(俗に「家族信託」。家族間など、信託会社が相手ではなくても、信託契約を結ぶことができる)を結んでおいて、後からついた法定後見人が手出しをできないような形を作るなど、いくつか方法があるが、いずれも本人に判断力があるうちに対処する必要があったり、完璧な防御ができるものではない場合があったりする。

 本人ないし、家族に、今後認知機能の衰えが予見される場合は特にそうだが、成年後見制度について事前に十分研究しておくことが重要であり、特に法定後見人がつく可能性については十分注意する必要があると申し上げて置く。

「最晩年の資産管理法」は難しいテーマだ。筆者自身が、今後調べて、考えてみなければならないことがいくつも残っている。

【コメント】

 タイトルに「序説」とあるように、まだ追加で解決しなければならない問題があることを意識しながら書いた記事だ。その後に分かった追加すべき内容は主に2つある。

 一つには、記事では、成年後見、特に法定後見の問題があることの注意喚起にとどまっている。その後、将来の法定後見のリスクを避けながら認知症対策を行うには、「財産管理等委任契約」と「任意後見契約」(必要が生じた時に発効する形で)を合体させた契約を子どもなど信頼できる相手と結んでおくことが有効だとのソリューションを提示した。これで完璧という訳ではないけれども、不本意な法定後見を避ける上で有力な方法だ。契約書のひな形をネットで検索してみて文案を検討して、公証人役場で契約を作るといい。

 もう一つは、「二世代運用」の検討が欠落している。こちらも真剣に考えてみる価値のある考え方だ。一世帯完結を前提とした「運用と取り崩しのシミュレーション」のようなツマラナイ研究が世間には多いが、実際には、多世代での資産管理を考えてみることが得で且つ現実的な場合が多いだろう。

 その他の記事の本文には、今見て特に問題のある点はない。読者は、たとえばインカムゲインに釣られることが、いかに無用で損でもあるかを確認されたい。(2023年10月24日 山崎元)