もうかったら利益確定して散財するのは基本的には推奨されませんが…

 株で短期的にもうけを出した人の悪癖として「出金して散財してしまう」という例があげられることがあります。

 一時的に急騰した銘柄を売却、想定外の10万円くらいが手元に入り、家族に対し「お父さん、株でもうかったので、回らない寿司に連れて行ってあげるぞ!」と宣言、パッともうけを使ってしまうようなパターンは、基本的には悪い習慣であると説明されてきました。

 今回はちょっと視点を変えて、「あえて、回らない寿司の散財もアリ?」という話をしてみたいと思います。

 それは「投資をしてお金を増やす目的は何なのか」という根源的な問いにも通じていくかもしれません。

経験や感動につながる消費が実現すれば、散財も意外にあり?

 今回、「回らない寿司」がアリ、と考えてみる理由は、意外とその経験には価値があるかもしれないからです。

 例えば数十年後、そのお父さんも70~80歳代に入り、入院生活になったとします。家族が順番にお見舞いにやってきて、「もしかしたら、自分が聞いているより病状は悪いのか……?」なんて思い始めることがあります。

 そのとき、子どもが「そういえばさ、ぼくが中学生のとき、いきなり親父が回らない寿司屋に連れて行ってくれたの、今も覚えているよ。大トロがうまくて4貫続けて頼んだら、さすがに親父が『次は赤身にしろ!』と焦ってて、あの日は楽しかったなあ!」なんて話して、親子で大笑いすることがあるかもしれません。

 本人にとっては、いきなり株価が倍になった銘柄を手放したときの思いつきであり、人生で数回しかやらなかった散財だったかもしれません。しかし、子どもにとっては一生の記憶に残っていることがあります。

 この回らない寿司の出費、もしかしたら「散財」ではなく「価値のある出費」だったと言えるのではないでしょうか。

旅行や経験、感動への消費は強く、長く、記憶に刻みつけられる

 近年、「モノ消費」から「コト消費」だといわれるようになりました。

 単純に所有だけを目的とした消費(例えばコレクションのようなもの)や、より高額のアイテムへの消費(例えば買い換えのたびに車や時計の予算を上げていくような買い方)は、時代遅れであり、イベントを楽しむような出費に消費者の注目が集まっています。

 コト消費が注目される背景として、近年注目されているウェルビーイング学(幸福学)の研究成果があります。そこでは経験や感動に対する消費のほうが、人生の幸福度を高め、かつ長続きすることが示唆されているのです。

 対して、モノそのものの消費に対する幸福度向上はすぐに低下し(ある研究では家の購入ですら幸福度を一時的にしか高めないという)、新たなモノ購入、より高いモノ購入でしかその幸福度は置き換えられないというのです。

 確かに「モノ消費」の満足は、同水準の繰り返しでは満足度は高まりません。おいしい食事、いい服、いい時計、いい車……。いずれも前よりも「より高いモノ」を買うことで自分を満たしていくことになります。

 それよりは、いろんな経験や感動のほうが記憶に残るということです。映画や舞台、コンサートなどはまさにコト消費の典型ですし、特に「初体験」には大きな感動の記憶が伴います。

 先ほどの寿司も一見すると「モノ消費」のように見えますが「家族との初めての本格寿司」というイベント出費だからこそ、長く心に残る記憶となったわけです。

 これは出費としてはアリ、ではないでしょうか。

ただし、大前提は全体としての資産形成の進行度合い、将来の資金繰りのメドがあること

 もちろん、短期的な利益を出すたびに保有銘柄を売却して散財することが無条件で承認されるわけではありません。出費を承認するバランス感覚は必要です。

 大まかな資産形成のロードマップがあって、その計画そのものはきちんと続いており、出金は部分的にとどまることがまず条件です。

 典型的なダメパターンとしては「投資資金を全額売って、現金化した果ての散財」のような、ゼロリセットのようなやり方でしょう。資産は安定的に積み上げられている中で、少しの取り崩しを幸せを買うために使ってみてください。

 また、どんな「コト消費」とするかも工夫が必要です。サプライズとする方法もあれば、予告をして楽しむ方法もあります。感動はイベント前にも高めることができるので「今年の夏は沖縄旅行だぞ!」と春から宣言して、期待感を高めたほうがいいでしょう。

 さて、冒頭で散財の話があなたの資産運用の目的を問いかけ直すことになるかもしれない、と述べました。

 実は、お金を増やすことは「資産運用の目的」ではありますが、「あなたの人生の目的」ではないからです。

 あなたの人生の目的はあなたと家族の幸福の獲得であり、「そのお金で何を成すか」です。

 資産額が積み上がっても、日々無感動な生活を送っているのでは本末転倒です。この世を去るとき資産が何億円あっても、棺桶に入れて天国へのパスポートを買うことはできません。

 最近では、「ダイ・ウィズ・ゼロ」や「グッド・ライフ」といった幸福とお金の消費に関する翻訳書がベストセラーとなっています。国内でも大江英樹氏の「90歳までに使い切る お金の賢い減らし方」や拙著「ファイナンシャル・ウェルビーイング~幸せになる人のお金の考え方~ 」といった本が、お金と幸せの関係について触れています。

 お金とウェルビーイング(広い意味での幸福)との関係について考えてみたとき、ちょっとしたご褒美消費はあっていいと思います。

 そのほうが窮屈な気持ちで運用をせずにすみますし、運用をする気持ちも少し楽しいものとなってくるはずです。