連邦債務上限引き上げの期限
先日、ジャネット・イエレン米財務長官は「6月1日ごろに連邦政府のやりくりは限界に達する」と発言しました。それまでに連邦債務上限を引き上げる必要があります。そこで今日は一体、連邦債務上限とは何か?について解説します。
連邦債務上限とは
連邦債務上限とは米国の連邦政府(=米国はいろいろな州が一緒になってできた合衆国ですので州政府と連邦政府が別々に徴税ルールを決め、予算を策定します)が政府部門を運営するにあたり借金する必要がある場合、「いくらまで借金してよろしい」というリミットを自ら設定することを指します。ある種のけじめと言えるでしょう。
これが導入されたのは第一次世界大戦の頃で、もともとこの戦争は欧州の地域戦争だったのですが英国の客船が大西洋で撃沈されたことで世論が激昂し、反戦主義者で知られるウッドロー・ウイルソン大統領や不干渉主義を基本とする米議会は世論に背中を押されて嫌々米軍を欧州へ派兵する決定を下しました。
その際、(泥沼にはまり込むのは嫌だな)と考え、連邦政府が債務を負うことに人工的な上限を設定し「もうおカネが借りられないので兵隊は返しましょう!」という口実ができるようにという意図で作られた法律なのです。
それ以来、連邦債務上限は何十回も引き上げられてきました。つまり年中行事化しているということです。
これはある意味、当然のことであり、GDP(国内総生産)が成長するということは経済の中をめぐっている血液に相当するマネーも増えなければいけません。だから連邦債務上限もその都度引き上げないといけないのです。だから、連邦債務上限をたびたび引き上げていることは、「無責任だ!」ということとは何の関係もありません。
連邦債務上限は意味あるのか?
早い話、法律で連邦債務上限をきちんと決めないとうまく運営できないという根拠はありません。
皆さんが銀行からおカネを借りる場合を想像してください。(よし、自分はクレカ債務を幾らまでに抑えるぞ!)という感じで自分のやりくりにどれだけ自分のルールを課そうとも、銀行は「それは立派な心掛けですね!」と感心するようなことはありません。銀行は貸したいときに貸すものです。
つまりあなたの借金能力は貸し手が喜んでおカネを貸すか?という先方の事情、判断に左右されるわけであって、本人の自主ルールなどハッキリ言ってどうでもいいのです。
その意味において連邦債務上限には意味は無いと言い切れます。
連邦政府はどうやりくりしている?
ものすごく単純化して言えば、連邦政府は(1)税金をとることができる、(2)おカネを刷ることができる、(3)いま問題になっている、連邦債務(=国債→米国財務省証券を指す)で借金する、という三つの方法で賄われています。
だから国債を発行することができなくなっても、それ自体は「この世の終わり」ではないのです。
(2)のおカネを刷るという行為は、ドル札自体が一種のIOU(=アイオーユー→借用証書)に他ならないので、米国財務省証券というIOUと本質的には何ら変わりはありません。違いを言えば、「ドル紙幣は利子がつかない借金、米国財務省証券は利子がつく借金」ということです。
いま問題になっているのはこのうち利子が付く借金の借入枠を自主設定する際、その枠を大きくしよう!という議論だということです。
これができなくなるといままで必要に応じて枠内でサクサク発行してきた借用証書が乱発できなくなるので公務員のお給料の支払いをちょっと待ってもらうとか、一時帰休を申し付けるなどの方法で切り詰める必要が出てきます。
でも連邦債務上限を超えたからといって米国政府の信用(=それはおカネを借りる能力にほかならないのですが)が失われるか?と言えば、そうとは決まっていません。
もちろん過去に借りた分に関し、それを返さない(=いわゆるデフォルト)ということは「もうこれ以上借りません!」ということとは次元の違う問題なので、デフォルトは大問題です。でも今日はあくまでも「もうこれ以上借りません!」という上限枠の議論をしている点を理解してください。
議会の根回し力が試されている
連邦債務上限の引き上げ問題に関し、一番権限を持っているのは米議会、それも下院です。なぜなら米国では伝統的に国家の台所の予算策定権は下院に帰するという考えがあるからです。
下院は連邦債務上限引き上げを決議し、それを通過させないといけません。すると連邦債務上限引き上げ問題というのは、突き詰めて言えば議会がちゃんと機能しているか?という執行能力の問題だということに気付かされるわけです。
この点、いまの下院は大いに不安にさせられます。なぜならこれまでは民主党の長老、ナンシー・ペロシ議員が下院議長を務めており、彼女は議員さんたちを統率する能力に極めて長けていたからです。
いま下院は共和党が過半数を占め、ケビン・マッカーシー議員が下院議長を務めています。まだ着任して日が浅いので、今回の連邦債務上限引き上げの議論が彼の最初の大きな仕事になります。はっきり言って頼りないです。
結論
連邦債務上限引き上げ問題は、一言でいうと茶番劇です。投資に際して重要なファクターではありません。でも「落球」して、あれよあれよという間にデフォルト(=上でも説明した通り、それは次のレベルの問題)ということになれば、そのときマーケットは少し慌てるかもしれません。