筆者は、獨協大学で「金融資産運用論」と題する授業を週に二コマ行っている。共に予備知識のいらない運用初心者でもついて行ける授業のつもりだが、一方の授業はなるべく広く運用知識の啓蒙を行うことに重点のある「やさしい授業」で、もう一方はバートン・マルキールの『ウォール街のランダムウォーカー』(井出正介訳、日本経済新聞社)をテキストにして、半年掛けてこれを読み込む、投資を深く考えてみたい人向けの授業だ。

一月は、両科目とも試験のシーズンだ。今回は、「やさしい授業」の方で出題した問題を一つご紹介しよう。読者も、考えて見て欲しい。

答えやすくて、単位を取りやすい、「サービス問題」のつもりで出した一題だ。出題は全て授業の最終回に公開する(なんて優しい先生なんだ!)。試験がきっかけでも、試験の前だけでも、多少なりとも勉強してくれればいい、との考えからだ。試験は記述式。選択式や計算問題だと、うっかりミスの誤答を救済出来ないので、採点は大変だが(「やさしい授業」の登録者は400人を超える)、記述式の出題にしている。

試験は、持ち込みは禁止(許可すると試験中の行儀が悪くなるので、昨年から持ち込み許可を止めた)、60分間で行われる。

【問題】

大手飲料メーカーに勤務する35歳の会社員がいる。年収は約800万円、現在家事に専念する5歳年下の配偶者があり、子供はいない。埼玉県内にマンションの持ち家があり、固定金利の住宅ローンが1000万円残っている。夫婦とも健康状態は良好だ。この人が、自分について以下のように語っているとする。

この人物の金融的な状況を改善するアドバイスを理由を示しつつ5つまで挙げて下さい。

「遺産を貰ったこともあって、私は同年代では貯金のある方でしょう。

銀行の給与振り込み口座に常時200万円程度の残高があります。この銀行で定期預金を持っていましたが、昨年満期が来て、1000万円ほど同じ銀行で現在毎月残高の約0.4%(税引き後)の分配金がある投資信託を購入しました。分配金は、当面使う予定がないので再投資しています。

株式投資に興味はありますが、現在は、勤務先の会社の株が社員持ち株会に約400万円ほどあるだけです。会社に確定拠出年金があり、残高が300万円ほどあって先進国の株価指数に連動するインデックス・ファンドに投資しています。今年から、NISAが始まるので、ネット証券にNISA口座を開いて、昨今の円安で儲かりそうな会社の株を1、2銘柄買ってみる積もりです。

両親ともがんで亡くなったので、民間生保の医療保険に入っています」

(800字以内で記述して下さい)

【解答のポイント】

解答のポイントを問題文に出てくる順番にご説明しよう。

先ず、問題文に登場する人(もちろん架空の人物だが)は、住宅ローンが1千万円残っていて、少なくとも一部は返済出来る余裕があるのに、期前返済せずに金融資産を運用していることが問題だ。この点が指摘されて、ローンの返済は運用として捉えると、リスク・ゼロでリスク・フリーレートよりもかなり高い利回りで運用出来るのと同じなので、通常の金融商品の運用機会よりも有利であることが説明されていれば、一項目目は完璧だ。このポイントは、会話文の中にないので、見落とす学生がいるかも知れない。

次に、毎月分配型の投信を1000万円も持っていることが問題だ。毎月分配型は課税が早くなる分年一回分配よりも不利な非合理的な仕組みであり、通常の(特に銀行の窓口にある)商品の手数料が高く(信託報酬だけで1%以上のものが多い)持たない方がいい商品だ。100万円でも、10万円でも同様だ。

問題文の人物は、分配金を再投資している。キャッシュの必要が無いのに毎月分配型のファンドに投資する無駄を指摘してくれてもいいのだが、毎月分配型投信自体が(少なくとも金融論的には)いかなる投資家にとっても不利で不適切な投資対象であることを、しっかり指摘してくれるかどうかは、大事なポイントなので、採点では差をつけたい。

三番目のポイントは、勤務先の会社の株に約400万円分投資していることだ。これは、リスクの集中の点から見直しの対象だ。社業が傾くと、ボーナス、給料が減り、会社の株価が下がり、最悪の場合は雇用まで危機に瀕する。授業では、山一證券が自主廃業した際の山一社員たちの例を説明したはずなので、思い出し気づいてくれると嬉しい。

四番目のポイントは、NISAで個別株投資しようとしていることだ。個別株の場合、分散投資の一部などでずっと持つ可能性の大きい銘柄ならNISAに入れておくことができるかも知れない。しかし、この人の場合、5年間の税制優遇期間に途中で売却したくなる可能性が大きい。こうしたケースでは、NISAは個別株投資に向かない。

最後のポイントは、民間生保のがん保険が不要であることだ。この人は企業に勤めていて健康保険に加入しているはずであり、健康保険の高額療養費制度があることを考えると、別途民間の医療保険に入る必要が無い。また、民間生保の医療保険は、保険料に対する保険会社の医療費支払いの率が小さくて(多くの場合、半分に満たないと推定される)損の期待値が大きい。保険料分を貯蓄・運用に回す方がずっと賢明だ。

この人の場合、ネット証券にNISA口座を開いたことは極めて賢明だし、他の資産運用とのバランスを考えると、300万円の確定拠出年金を外国株式のインデックス・ファンドで運用することは正解である可能性が大きい。特に、外国株式に関しては、確定拠出年金の運用選択肢の中に、一般の公募の投資信託よりも信託報酬の安いファンドが含まれていることが多いので、注目しておきたい。これらの二点は、「正しい行動」なので、アドバイスの対象ではない。

以上の5項目が出題者の意図だ。一項目ずつ、ツイッター(上限140字)に投稿する積もりで問題点と理由を書けば、800字以内の読みやすい答案になるだろう。

上記の5項目にすっきり気づいてくれると出題者としては嬉しいのだが、たとえば、以下のような別解が考えられる。

たとえば、「配偶者も働いて、早くお金を貯めた方がいいのではないか」(注;問題文では性差別の指摘を受けないように、男女どちらが働いて、どちらが家事専念なのかは特定していない)。

あるいは、「子供を持とうとしているなら、早く作ったほうがいい」とか、「離婚するとお金が掛かるので、夫婦円満が大切だ」とか、あるいは「自分のスキルに投資することも有効だろう」とか、多少議論の余地のあるポイントでも、指摘してくれれば、何点かでは評価しようと思う。

ここまで考えて捻り出す、柔軟性と根性のある解答を書く学生は少ないだろうが(例年、淡泊な答案が多いのが少し残念だ)、採点していて、楽しくなるような、あるいは「なるほど!」と唸るような答案を期待している。

尚、この問題は一回限りの出題だ。次の学期(2014年度、春学期)は、また別の問題を考える。