※本記事は2012年11月16日に公開したものです。
運用者が興味を持つタイトル
先日、書店で、 ピーター・シムズ「小さく賭けろ!」(滑川海彦、高橋信夫訳 日経BP)という本が目についた。原題は「Little Bets」だ。
標題から、「小さく賭けると、上手く行く…」というストーリーが想像できるが、これは、運用者を大いに惹きつけるコンセプトだ。
ファンドマネージャーは、たとえば勝率51%の賭けを無数に繰り返して、あるいは自分のポートフォリオの中に「比較的独立な有望銘柄」を百銘柄以上(20や30では不足だ)組み入れて、確率論的にほぼ確実に、収支をプラスにしたり、ベンチマークに勝ったりすることを「夢見て」いる。
この本を買って、早速読んでみた。
これは、ビジネス書、あるいは自己啓発書としては、水準以上の(つまり、買って良かったと思うくらいではある)いい本だった。ビジネスパーソンが仕事や人生のスタイル・心構えを作る上で参考になる。
同書は、成功したコメディアン、建築家、スポーツ選手、それにグーグル、ピクサー、スターバックスといった(当面の)成功企業の事例を取り上げている。はじめに紹介されるのは、米国の有名コメディアンであるクリス・ロックが、少人数のライブを使って新ネタを数多く試し、しばしば「滑って」ウケない経験を経て、全国放送に足る完成度を持ったネタを作る過程だ。
以下、建築家のフランク・ゲーリー、アニメ映画製作会社のピクサー、スターバックス・コーヒーなど多くの事例で、
(1) 新しいプロダクト(小咄の新ネタやネットの新サービスなども含めて)を完成前の段階から積極的に他人に晒し、
(2) なるべく早く失敗し、
(3) 失敗から学ぶことでプロダクトの完成度を上げるような、
アプローチを採ることの有効性を強調している。
たとえば、アメリカで成功しているコーヒー・チェーン店であるスターバックス・コーヒーは、創業者がイタリアのエスプレッソ・コーヒーを飲ませる店からヒントを得たもので、当初は、店員は米国人には窮屈な蝶ネクタイをして(店員の反応が良くなかった)、店中にオペラが鳴り響く(顧客の反応が良くなかった)ような、イタリア風そのままに近い店だったものが、顧客や店員の苦情や不満を汲み取り、それを修正し、工夫を重ねる中で、現在のような業態を作り出したものだという。
また、本書中でたぶん最もよく例に引かれているピクサーでは、作品制作のさまざまな段階で、スタッフ同士が上下の隔てなく、意見を言い合うプロセスを意識的に作っているという。
何れも、いきなり完成品を求めるのではなく、「なるべく早く」、「小さな失敗」をすることから「学んで」、良い結果を目指す漸進的アプローチが有効だ、というエピソードだ。
同書の中で特に強調されているのは、結果の善し悪しは主に素質である能力によって決まり、失敗を能力の否定として恐れ、自分への批判を脅威と感じるような「固定的マインドセット」と、結果は主に努力によって決まり、困難や失敗を自分の成長の糧になると考え、批判からも学ぼうとする「成長志向のマインドセット」との差を強調する。
著者は、もちろん後者を良いと強調するのだが、具体的な名前では、前者にはテニスのジョン・マッケンロー氏、後者にはバスケットボールのマイケル・ジョーダン氏がこれに該当するという。確かに、かつて、マッケンロー氏は、試合が思うように運ばないときに癇癪を起こして、その結果さらに自滅するようなことがあったような気はするので、分からなくはないのだが、この例示は些か気の毒に思える。
ただ、自分で意識的に「成長志向」で考えようとすることはいいことだろう。また、子供や部下に対しては、才能を褒めるよりは、努力を褒める方がその後の結果がいいことが心理学者の実験によって明らかになっているそうだ。これは、記憶しておく価値がありそうな話だ。