プロとアマのちがい
株式投資において、プロ(仕事として他人のお金を運用する人)とアマチュアに本質的な違いがあるわけではないが、実際上大きな違いは、プロが、ポートフォリオの中での個々の銘柄や業種などの「ウェイト」に気を遣うことだろう。運用する金額が大きく、銘柄数が多いこともあり、全体のバランスを取る作業が大変だ。
もっとも、プロの運用者の立場からすると、アマチュアのように数銘柄あるいは十数銘柄程度の投資銘柄で、ポートフォリオのバランスを取ることの方が大変な作業に見える。
ポートフォリオの運用では期待リターンとリスクのバランスを取らなければならない。原則としては、「その銘柄がポートフォリオに与えている限界的なリスクと、その銘柄がポートフォリオにもたらす追加的な超過リターン」とをバランスさせなければならない。この場合に「限界的なリスク」は、ポートフォリオの中に、他にどんな銘柄があり、どのようなウェイトで組み入れられているかに依存して決まる。
たとえば、自動車や電気の銘柄が全く入っていないポートフォリオに日産自動車の株を組み入れるとするときに日産自動車に必要な期待リターンと、自動車や電気の株が既に大きなウェイトで組み入れられているときに、さらに日産自動車を組み入れるときに必要な期待リターンは異なる。リスクに対する態度が同じなら、当然後者の方がより高い期待リターンでなければならない。
たとえば、ファーストリテイリング社の株式をポートフォリオの3%のウェイトで組み入れているファンドマネージャーがいた場合、このウェイトが、2%でも4%でもなく、なぜ3%なのかを彼は説明できなければ、プロとして十分なスキルを持っているとはいい難い。
もちろん、そうした計算は、暗算で出来るものではないし、プロとしては「山勘で適当に決める」というわけにも行かないので、こうした計算を可能にするツールが必要になる。
プロの運用ツール3点セット
ファンドマネージャーがポートフォリオ運用のために必要とするツールは、(1)ポートフォリオのリスク分析、(2)ポートフォリオの最適化計算、(3)ポートフォリオのパフォーマンス分析、の3つの機能を実現するツールだ。
これらのツールの中で中核をなすのは、ポートフォリオの状態でのリスクを計算する機能だ。数十、数百、あるいは数千銘柄を持ったポートフォリオの、全体のリスク、あるいは何らかのベンチマークに対する相対的なリスクを推定し、計算できなければならない。
リスク分析の機能では、ポーフォリオがどのような種類のリスクをどのくらいの大きさで持っているかを計算・表示し、個々の銘柄や、業種、あるいは企業の規模といった、リターンとリスクに影響を与える一般的な要因がポートフォリオにどのようなリスクをもたらしているかが計算できなければならない。
また、ポートフォリオの最適化計算機能では、個々の銘柄に期待リターンを与えて、ポートフォリオ全体のリターンとリスク(多くの場合、ベンチマークに対する相対的なリスク)との関係を最適にするような個々の銘柄のウェイトを計算することで、ポートフォリオの運用作業(特にゼロからの立ち上げ)が簡単になる。
この際にも、ポートフォリオ内の組み入れウェイトの変化に対して、ポートフォリオのリスクの値を計算し続けることが必要だ。
パフォーマンス分析では、多くの場合、過去のリターンの要因分解が出来ればいいので、リスクの推定値を求める計算はそれほど必要ではないが、それでも、「どの程度のリスクテイクに対して、幾らのリターンを稼いだか」を最終的に評価する時点で、ポートフォリオのリスク推定値が必要になる。
マルチファクター・モデル
ポートフォリオのリスクを推計するには、「マルチファクターモデル」と呼ばれるツールが使われることが多い。
マルチファクターモデルは、通常、リターンの動きに影響する(ということは、同時にリスクにも影響する)数十個の要因で、株式ポートフォリオのリスクを推計しようとする、大がかりな統計モデルだ。
要因(ファクター)として採用されるものは、企業の規模や自己資本比率、あるいは海外売り上げ比率、株価と純資産の比率のような株価の割安・割高指標など、株式としての一般的性質に関わるデータとその銘柄が属する業種分類(数十業種に分類されることが多い)との二つであることが多い。
マルチファクターモデルが日本の運用現場に本格的に導入されるようになったのは1980年代半ばからだ。当時は、マルチファクターモデルのファクターに、CAPM(資本資産価格モデル)やAPT(裁定価格モデル)のようないわゆるポートフォリオ理論上の意味を与え、あわよくばポートフォリオのリスクだけではなく、期待リターンの予測にも利用しようとする試みがあったが、これは、あまりうまくいかなかった。
しかし、ファンドマネージャーにとっては、ポートフォリオのリスクの大きさやその傾向を知ることができることは重要であった。マルチファクターモデルは、「楽に儲けることができる道具」にはならなかったが、「リスクを計測できる道具」として、必要不可欠のものになった。
マルチファクターモデルは、アマチュアの運用にも役立てることができそうな情報を数多く持っている。また、アマチュアにとってもリスクの大きさを計測できることのメリットは小さくないが、残念ながら、費用が高い。
マルチファクターモデルで商品化されたものとしては、米国のMSCI-BARRA社のものが有名で、運用の世界のグローバル・スタンダード的な地位にある。日本国内でも、日立製作所が開発した「インタートレード・日立製作所リスクスコープ」など、数種類のものがある。何れも、リスクを推計する機能を中核として、ポートフォリオのリスク分析機能、最適化計算機能、パフォーマンス分析機能の3点セットを持ったツールとして提供されている。しかし、月間の利用料が数十万円単位でかかるので、個人投資家が利用するにはハードルが高い。
マルチファクターモデルの利用料が高いことの主な原因は、マルチファクターモデルで利用する過去のリターンのデータや財務データのコストが高いことだ。データは良質なものを利用しようとするとコストが掛かるし(基本的には誰かが手入力し、これをチェックするプロセスが要る)、データビジネスには規模の経済効果が働くため、データベンダーの数が少なく、価格が寡占的に設定されやすい。
何らかの簡略化を行うこと、あるいは、ビジネスモデルを考えることで、個人投資家向けに安価に株式のマルチファクターモデルを届けられるといいと思うが、なかなか成功していないのが現状だ。
個人でできること
個人投資家が運用ツールの3点セットを自分で使うことができるのは、現状では、株式ポートフォリオではなく、アセットアロケーションのレベルだろう。
資産の数でいうと数資産から最大でも20資産くらいまでが現実的なところだ。数資産あれば、「国内株式」「国内債券」「外国株式」「外国債券」のいわゆる伝統四資産の分類でアセットアロケーションのリスクを計算したり、期待リターンとリスク推計とを組み合わせて、最適化計算ができる。もう少し資産の数を増やすと、国内株式で東証一部と新興市場を分けたり、外国株式も、先進国と新興国を分けることができるし、扱い方に多少のコツが必要だが数個の通貨を分析に加えることもできる。
パフォーマンスを顧客に説明するわけではないので、詳細なパフォーマンス分析は必要ないが、アセットアロケーションのベンチマークを決めて、ポートフォリオと比較すれば、手計算でもある程度のパフォーマンス要因分析はできる。
3機能のうち最も重要なのは、ポートフォリオの現状のリスクを分析する機能だ。特に、個々の資産がポートフォリオ全体に対してどのようなリスクの影響を与えていて、そのリスクに対して、どれだけの期待リターンが必要かという計算を丁寧に作り込んでおくと、役に立つツールを作ることができる。
アセットアロケーションの分析方法については、本連載でも何度か書いたことがあるが、たとえば「第137回 インデックス・ファンドのアセット・アロケーション」(2010年11月5日)でやってみた方法などを参考にして、ワークシートを作ってみてほしい。資産の数をもっと増やす場合は、マイクロソフト・エクセル上で、リスクのデータ(特に分散共分散行列)を載せるシートと、リスク計算をするシートを分けた方がスムーズに作ることができるように思う。やる気のある投資家は、チャレンジしてみて欲しい。機関投資家といえども、実質的には、アセットアロケーションにあって、それ以上に高級なことをしているわけではない。