低金利だから株や外債はセオリーか?

筆者は、獨協大学で「金融資産運用論」という講義を担当している。春学期の定期試験問題の一つに、退職金の運用方法を考えさせる問題を出してみた。答案を見ると、多くの答案が、「低金利であることを考えると」と断った後に、内外の株式あるいは外国債券といったリスク資産に手持ち資金の一部分(比率は様々だが)を投資したいと述べていた。

ちなみに、授業では、分散投資の重要性を繰り返し説いたので、退職金の全てを一つのリスク商品で運用しようという答案は一枚もなかった。

ただ、ほんの三、四枚だが、金融機関の窓口で納得がいくまで相談しようという答案があり、学生の将来(のお金の運用)が少し心配だった。講義では、「金融機関の窓口担当者の時給は高い。そして、このコストは、商品を買わなかった客の分まで含めて、商品を買った客が払うのだ」、「売り手側の人間にアドバイスを求めてはいけない」と言ったはずなのだが、まだまだ強調が足りなかったようだ。

さて、現状は、短期金利はほぼゼロに近く、長期金利(10年満期の国債流通利回り)でも0.7%台と、絶対水準として低金利であることは間違いない。

それでは、こうした時期には、現金や債券を避けて、株式で運用する、或いは日本よりも金利の高い外国の債券や預金などで運用することは、当たり前のセオリーなのだろうか。

実質金利が問題

試験問題の出題者としても強調したい点の一つだが、考慮すべきは、名目金利ではなく、名目金利から予想物価変動率を差し引いた実質金利だ。

たとえば、そのような世界には住みたくないと思うが、年率5%のデフレが続くなら、金利が0%であっても、毎年運用資産の5%を毎年取り崩していても、運用資産の実質価値は変化しない。

金利に限らず運用のリターンを考える場合には、最終的には、実質リターンを考えなければならない。特に、長期にわたる老後資金の運用などを考える場合にはこの点が重要だ。

たとえば、日本の10年国債の利回りが0.7%、米国の10年国債の利回りが1.7%とした場合に、「リスクを別とすると、米国の10年国債の方が利回りが高いから有利だ」と単純には言えない。

将来の物価上昇率を日本0%、米国1.7%(6月消費者物価、対前年比)と、現状をそのまま伸ばしたとして、実質利回りは、日本の10年国債が+0.7%、米国の10年国債が0%となるので、日本の方が有利だという見方もできるのだ。

もっとも、両国間で、「10年」という期間のリスクが同等ではないし、物価上昇率の将来の見通しも異なるが、「日本は低金利だから不利であり、だから、リスク資産で運用する方がいい」という考え方には穴がある。少なくとも、無条件にそういえる話ではない。

もっとも、多くの学生の答案には、「先進国の金利水準は低いので」と書かれていた。では、国の違いを棚上げするとして、低金利だから、株式に投資するのが有利だといえるのだろうか。

金利水準と株式の有利不利は中立

理論的には、株式の期待リターンは、「配当利回り+配当成長率」と考えることが出来る。あるいは、利益を株主のものと見て「益利回り+利益成長率」と考えてもいい。両者は、配当成長率と利益成長率が異なるので(例えば、将来の配当性向の変化を反映して)、概念的には両立する。

もちろん、株式のリターンも実質で考える必要がある。

利益を中心に見るとして、成長率の変化を実質成長率と物価上昇率に分解すると、株式の実質リターンは、「益利回り+実質利益成長率」ということになる。企業の収入も支出も同率で変化すると考えると、物価上昇率と利益成長率が連動し、たとえば、インフレ率が上昇した場合、その分だけ理屈上の期待リターンが上昇する。これが理屈上期待される、株式投資のインフレ・ヘッジのメカニズムだ。

但し、インフレになると、株式が実質的により儲かるようになるとまでいっているのではない。

さて、低金利になっている場合、これがインフレ率の低下によるもので、株式のインフレ・ヘッジのメカニズムが働いているとすれば、ここでも、債券よりも株式の方が有利だとはいえない。

株式の方が高金利の時よりも有利だと言うためには、「今は、金利水準が低いから、これから金利が上がるにちがいない。この場合、債券は不利だ」といった、特定の予想に立脚した「相場観」に依らざるを得ない。

投資家が自分の相場観を持つこと自体は悪くないが、特定の相場観に基づく運用戦略を一般論としてアドバイスすることは誤りだ(試験答案の論拠にもならない)。

外債はリスクが割に合わない

日本が低金利の場合、「高金利の国の債券に投資しよう」という話をよく聞くが、外国債券はどうなのか。

円から見た場合の外国債券の期待リターンは、外貨建ての利回りを当該通貨建ての期待リターンとした場合、「外貨建て利回り+期待為替変動率」となる。

仮に、外国と日本の債券の実質利回りが同じだとすると、両国のインフレ率の違いが債券利回りの差となり、これが期待為替変動率で相殺されるという関係が成立するとすれば、日本人、当該国の外国人、第三国の外国人の何れかが、日本の債券を買っても、外国の債券を買っても、自国通貨建ての期待実質リターンは変わらないことになる。

上記の仮定は、「購買力平価」の考え方とも整合的だし、為替市場が基本的に金利と為替レートをセットで取引するゼロ・サムゲームであることとも両立する。

一般に、特定の相場観に立つのでなければ、低金利の国の債券に投資するのと、高金利の国の債券に投資するのと、最終的な評価通貨を揃えると、どちらの期待リターンが高いともいえない。

かつては、外貨建ての金利をそのまま自国通貨建ての期待リターンとして読み替えることがしばしば行われていたが、上記のような状況から長期的に乖離することには無理があり、考え方として正しくない。

なお、今でも、証券会社などにデータを提供する業者が、このような期待リターンを使うケースがあるので、気をつけてほしい。誤解を継続させる理由は分からないが、本社(外国)の見解の間違いか、日本の顧客(金融機関)のリテール・ビジネスにとって、この誤解が好都合だから修正されないのだろう。

年金基金等の運用計画を見ても、まだ「外国債券」の方が「国内債券」よりも若干高めのリターンで見ることが多いとはいえ、その差は非常に小さくなってきた。

すると、アセット・アロケーション(資産配分計画)の計算上は、「外国債券」には先進国の債券でも標準偏差で10%程度のリスクがあるので(主として為替レート変動によるリスク。新興国通貨は20%以上と、株価指数よりも大きなリスクを持っていることが多い)、外国債券はポートフォリオに入って来ないことがほとんどだ。

つまり、為替リスクを取った形での外債投資は、国内が低金利だからといって正当化されない。

外債を(外貨預金も)、為替リスクを取った形でポートフォリオに組み入れることをアドバイスするファイナンシャル・プランナー等のアドバイザーには、外債の期待リターンを、一体どのような理由で、幾らに設定しているのか、具体的に訊いてみるべきだろう。

大学の試験の話に戻ると、学生達は筆者の授業を聞いているから(あるいは、聞いていなくても、ノートを見ていれば)、外債を組み入れた答案は、少数だった(少数派は、たぶん、不適切なマネー本を参照したのだろう)。

ヘッジ付き外債という手はあり得る

ところで、機関投資家であれば、為替リスクをヘッジして、外国資産に投資する手が個人投資家よりも使いやすい。

ヘッジが使えるのであれば、たとえば、外国債券に投資して、長短金利差を取りに行ったり、長期金利の低下に賭けたりすることが、そう大きくないリスクの下で行える。筆者は、かつてバランス・ファンドのファンドマネージャーを務めていた時に、外国の長期債を買って、為替リスクを短期(三カ月もの程度)のヘッジをロールオーバーする戦略を使って上手く行ったことがあるので、これは個人的にも懐かしい戦略だ。

但し、この種の運用も、本質は相場観に基づく賭けなので、「一般論として有利だ」と迄はいえない。しかし、為替リスクを丸々取りながら、外国債券の方が国内債よりもリターンが高い可能性に賭けるよりも、まだ戦略の体をなしていると思う。

個人投資家も為替ヘッジを使うことが出来るといいのだが、コスト面で不利だし、些か面倒でもある。「為替ヘッジ付き」を謳う投資信託もあるが、基本的には国内債よりも少しだけ高いリターンを目指す運用戦略なので、投資信託の手数料を払うと「コスト倒れ」してしまう公算が大きく、凡そお勧めできない。

個人の場合、外国の株式には是非投資したいところだから、為替リスクを取るなら、これを外国株に割り当てた方がいいというのが筆者の意見だ(一般的なリターン、リスクの想定から普通に計算すると、そうなる)。

「低金利だから」という一般的投資戦略はない

結局、絶対水準として自国の、あるいは、他の先進国も含めた、金利水準が「低い」(或いは「高い」)からといって、このように運用すべきだと主張できる一般的な投資戦略があるわけではない。

学生は試験答案を書く際に、社会人は金融機関のセールスやFPなどのアドバイスを聞く時に気を付けて欲しい。