運用の世界では「ベンチマーク」という言葉が頻繁に登場し、現実に、さまざまなベンチマークが使われている。ベンチマークがより頻繁に登場するのは機関投資家の運用の世界だが、個人投資家もベンチマークについて知っておくことが望ましい。たとえば、具体的なベンチマークを自分で想定することの出来ない金融商品は、その商品の性格を分かっていないということなのだから、購入を控えるべきだ。

ベンチマークの機能

ベンチマークを定義しよう。ベンチマークとは、「比較の対象としてあらかじめ決められた具体的なポートフォリオ」のことだ。

現実に作成出来て、少なくともリターンが正確に計算できるポートフォリオでなければならないし、パフォーマンス比較の基準としてフェアでなければならない。

たとえば、年金運用の世界でよく話題になる「5.5%」の予定利率は、「運用目標」ではあるかも知れないが(但し、現時点では、おそらく、不適切な目標だ)、「ベンチマーク」ではない。

機関投資家が機関投資家に運用を任せる標準的な運用の場では、ベンチマークは次の三つの働きを持つ。「情報の縮約」、「リスク測定の基準」、「パフォーマンス評価の基準」だ。

簡単に説明しよう。

(A) 情報の縮約

たとえば、TOPIXのような現実に作るであろうポートフォリオに近いベンチマークの過去のリターンの振る舞いを調べると、そのアセットクラスでの運用に関する、今後のリスク推定の参考になったり、経済環境とリターンの関係を知る手掛かりになったり、他のアセットクラスのリターンとの相関関係が分かったりする。

たとえば「国内株式」といったアセットクラスの性質を、ベンチマークに縮約して調べることができる。

この機能を通じて、ベンチマークは運用計画の策定、特に、アセットアロケーションの作成に役立つ。

この場合、現実に運用するであろうポートフォリオとベンチマークが「近い」ことが望ましい。「近さ」の尺度は複数あるが、ポートフォリオの作成条件が一貫していて共通であることが必要だ。

(B) リスク測定の基準

実際に運用を行う場合、運用者は、運用契約で定められたベンチマークを意識し、自分のポートフォリオの実質的なリスクを、ベンチマーク・ポートフォリオとの相対リターンのリスクとして認識しなければならない。

ベンチマークと自分のポートフォリオの相対的なリスクを測るツールは、ビジネスとして行う運用にとってほぼ必須だ。

運用者は、運用期間中、常にベンチマークを意識しなければならない。

一方、運用者にとってビジネス契約上のベンチマークは顧客と契約する際に定められたベンチマークだが、運用者が自分のビジネス上の利害から独自のベンチマークを持つことがあり得る。たとえば、「ライバルの平均」が観測可能であれば、運用者にとっては、こちらの方が、顧客から与えられたベンチマークよりも、ビジネス上は実質的に重要なベンチマークになることがあり得る。

(C) パフォーマンス評価の基準

運用者のポートフォリオのパフォーマンスは、ベンチマークのリターン及びベンチマークとの相対リスクと比較されることによって評価される。これは、最も平凡で一般的なベンチマークの使い方だが、(A)、(B)、(C)の各プロセスで一貫したベンチマークが使用されることで、運用の「計画」、「実行」、「評価」が整合的に完成できる。

尚、ベンチマーク自体がポートフォリオとして優秀か、ということは、運用者にとって重大だ。仮にベンチマーク自体に何らかの優れた属性が含まれている場合、運用者は、それをさらに改善しないと「付加価値があった」と評価されない。逆に、ポートフォリオとしてお粗末なベンチマークは、運用者にとって、「勝ちやすい」、「ありがたい」ベンチマークだ。

ベンチマークは、運用リターンを、委託者の貢献と、運用者の貢献に分離する境界線を提供する。

ベンチマーク評価の三条件

以上の3機能をよく果たすことを目的とする場合、手段の一部であるベンチマークは、以下の三つの条件を持つことが望ましく、これらの観点から、ベンチマークの良し悪しを判断することができる。「透明性」、「再現性」、「規範性」の三つだ。

透明性

運用者がリスクを測るためには、ベンチマークは具体的なポートフォリオでなければならない。ベンチマークを構成するポートフォリオの銘柄名とウェイトが公表されていることが望ましい。

銘柄が公表されていなかったり、銘柄やウェイトを知るために費用が必要だったり(注;ベンチマークの中身を小出しに教えて、お金を取る、せせこましいビジネスが現実に存在する)、といった条件はベンチマークにとって望ましくない。

再現性

ベンチマークのリターンは、現実のポートフォリオによってトレース可能なものであることが望ましい。

ポートフォリオに現実に組み入れることの出来ない銘柄やウェイトが存在したり、銘柄・ウェイトの変化スピードが速すぎたり、入れ替えコストが莫大に掛かったりするような条件のベンチマークは、評価の相手としてフェアでない。

規範性

ベンチマークは、事前に検討できる限りにおいて、ポートフォリオとして望ましいものである必要がある。たとえば、必要にして十分な分散投資が行われているポートフォリオは、そうでないポートフォリオよりも、ベンチマークとして望ましい。

ベンチマークは、運用者が実質的なリスク測定の基準として使うポートフォリオなので、実際の運用内容に大きな影響を与える。運用者は、「今は、有効な投資情報がない」と思った場合には、ベンチマークを模することになるし、有効な情報を持っていると判断している場合でも、それをどのくらい反映させるかは、ベンチマークとの相対的なリスクとのバランスで考えなければならない。

また、この観点にあっても、ポートフォリオとしての売買回転率が小さいことは、ベンチマークにとって重要だ。

運用を委託する段階で、ベンチマークそれ自体が、出来るだけ良いポートフォリオになっていることが望ましい。但し、特殊にカスタマイズされたベンチマークは、過去に遡ってリターンの振る舞いを調査することが難しい場合がある。

ベンチマークに関する幾つかの論点

インデックスとベンチマーク

ベンチマークとして使われるものの多くは、株価指数のような「インデックス」であることが多いが、全てのベンチマークが何らかのインデックスでなければならない、というものではない。

個々のインデックスは、目標が、運用の基準となることではない場合がしばしばある。たとえば、何らかの情報を表す「統計」のための計算指標であったり、「デリバティブの原資産」となるポートフォリオであったり、日々の市場の動きを分かりやすく表す「指標」であったりする。

一方、インデックスをベンチマークに採用すると、過去のリターンのデータ取得が簡単であったり、コミュニケーション上分かりやすかったりするメリットがある。

但し、現実に使われている株価指数は、しばしばベンチマーク評価の三条件の幾つかを十分に満たさない場合がある。こうした場合に、運用目的に応じてカスタマイズされたベンチマークを使用することが望ましい場合がある。

既存のインデックスをベンチマークに採用する場合には、そのインデックスの性質を事前に吟味することが必要だ。

ベンチマークとデリバティブ

ベンチマークとなるポートフォリオが、取引可能なデリバティブの原資産であることには、プラス・マイナスの両側面がある。

プラスの面は、デリバティブが利用可能であることで、そのベンチマークのエクスポージャーの管理がやりやすいことだ。先物やオプションが利用可能なら、ヘッジもレバレッジもやりやすい。

マイナス面は、デリバティブの裁定取引の影響を受けやすいことだ。たとえば、ベンチマークとなったインデックスに銘柄やウェイトの変更がある場合、これに先回りする等の取引が行われることによって、ベンチマーク自体のパフォーマンスが悪化することがある。

機関投資家や個人投資家の長期的な資産形成のための運用にあって、デリバティブによるヘッジは不要な場合が多い。ポピュラーなインデックスをベンチマークにすることに際しては、マイナス面の心配をする必要があるかもしれない。

市場平均とベンチマーク

ベンチマークは必ずしも市場平均(全銘柄を時価総額でウェイト付けしたポートフォリオ)である必要はない。但し、ポートフォリオとして、アクティブ運用の平均は市場平均となり、アクティブ運用の方が費用(運用手数料と売買手数料)が大きいので、市場平均をベンチマークに採用すると、アクティブ運用の平均に勝てる、という点で市場平均は「分かりやすい」。

パフォーマンス競争のゲームにおいて、「ライバルの平均を持つ」という戦略は有効であり、その有効性は市場の効率性に依存しない頑健なものだ。

但し、たとえば、時価総額の大きな銘柄が、投資判断の観点でそのポートフォリオ内のウェイトに見合うだけ期待リターンを持っていると判断できるか、といった観点で考えると、市場平均が最も優れたベンチマークだと先験的にいえるわけではない。運用の委託者の判断にあって、別のベンチマークが採用されることがあってもおかしくはない。

運用スタイルとベンチマーク

運用者の得意な運用スタイルを反映させたベンチマークを運用者に与えると、運用者が実力を発揮しやすく、また、運用者の能力・付加価値を正確に評価できるという考え方がある。前述のように、ベンチマークによって、委託者の付加価値と運用者の付加価値を区切ることが出来る。また、この付加価値の区切りは、運用パフォーマンスに関する責任の所在の境界線でもある。

但し、委託者側での運用計画の策定能力や、運用計画全体の整合性を考えた場合に、委託者が運用を受託する側にそこまで適応する必要があるかどうかは、現実的に判断すべきだろう。

はっきりいって、年金基金などの通常の運用で細分化されたスタイル別のベンチマークを使うことに積極的な意味があるとは思えない。

カスタマイズされたベンチマーク

たとえば、予想トータル・リスクを最小化する「最小分散ポートフォリオ」がいいとか、「トータル・リスクの抑制と利益に対する株価の割安性を重視したポートフォリオ構築が望ましい」といった判断が、委託者側で出来ている場合、これを反映させたカスタマイズド・ベンチマークを使うことが考えられる。

この場合、戦略の効果や性質を判断する上でも、将来のベンチマークを具体的に作る上でも、ポートフォリオの作成ルールが明確である必要がある。条件を決めた上で、最適化計算を行って作成されたポートフォリオをカスタマイズド・ベンチマークとすることになる。但し、この場合、運用の委託者は、個々の運用者と同等程度、場合によってはそれ以上の運用技量(判断力、ポートフォリオの作成能力)を持っていなければならない。