マネージャー・ストラクチャーとは

「マネージャー・ストラクチャー」とは運用を委託する場合の、運用機関の組み合わせ方、使い方などを総称する言葉で、主に年金運用の世界で使われる言葉だ。

年金運用の場合、(1)年金財政全体の状態を把握してリスクに対する態度を決め、(2)アセットアロケーション(資産配分計画)を策定し、(3)マネージャー・ストラクチャーを考案し、(4)実際に運用機関(あるいは自家運用)に運用を委託し、(5)運用をウォッチして必要があれば修正を加える、という流れが典型的で、機関投資家の運用の場合、年金以外の資金でも、これが概ね基本的な流れとなる。

ちなみに、個人の運用では、(1)家計の把握、(2)アセットアロケーション、(3)商品選択、(4)売買窓口の選択、(5)モニタリングとメンテナンス、ということになるので、基本的な流れはほぼ同じだ。

個人の運用プロセスの場合、金融機関一社に囲い込まれるのではなく、広い範囲の中からベストな商品を選択することと、同じ(又は「ほぼ同様」)の商品を買う場合に、余計な手数料を払わずに済む購入窓口を選ぶことの重要性が年金基金と少し異なるかも知れない。

年金基金では、アセットアロケーションで予定する、たとえば「国内株式」といった資産クラスの中身をどのように運用するかを考えるのが、典型的なマネージャー・ストラクチャーの構築ということになる。

場合によっては、アセットアロケーションの変更を外部の運用機関に任せることがあり(注;あまりお勧めできない!)、この場合、マネージャー・ストラクチャーの考案が理屈上非常に複雑なものになることがある。しかし、現実には、この点に無自覚で非合理的なマネージャー・ストラクチャーになってしまっている機関投資家(年金基金など)は少なくないし、個人投資家も、バランス・ファンドを複数買うとそうなりやすい。

マネージャー・ストラクチャー、五つのヒント

マネージャー・ストラクチャーの問題を考える上で、発想のヒントとなる考え方を5つ挙げよう。何れも重要なポイントだが、機関投資家が案外見落としやすいポイントでもある。

マネージャー・ストラクチャーを考える五つのヒント

  1. 問題なのは、あくまでも運用の「合計した全体」である
  2. 全てをパッシブ・ファンドで構成した場合と、現状との優劣を比べてみよ
    パッシブ・ファンドにアクティブ・ファンド並みの運用手数料を払ってはいけない
  3. マネージャー・ストラクチャーの理想像は「複数のマネージャーの情報を全て使って、一つのファンドを運用すること」だ
  4. 「運用機関を評価できる」という前提を疑おう
  5. コストは「確実なマイナスリターン」である

運用の委託者にとっての運用パフォーマンスは、委託したファンド全てのパフォーマンスの加重合計値なので、「合計」が問題だということは、理屈上は直ぐに納得できるのですが、現実の運用にあっては、案外忘れられがちだ。

この問題は、実務的には、「全体を把握すること」、「全体をコントロール出来るようにすること」、「全体をデザインすること」、「デザインを実現する事」の四段階に分かれる。

実は、運用のプロであるべき年金基金でも、全体像を十分正確に把握していない場合がある。たとえば、複数の信託銀行、生命保険会社などにバランス型の運用を委託していて、たとえば「先月末現在、基金の国内株式に対する投資比率は何%ですか?」という質問に即座に答えられない理事や運用担当者が相当数いるはずだ。これは、運用の把握として不十分であり、責任を果たしているとはいえない。

個人投資家でも、同様のケースがあるのではないだろうか。

二番目の問題は、年金基金のような大規模な投資家の方が個人投資家よりも起こりやすいかも知れない。たとえば、国内株式のアクティブ運用を行う運用機関を十数社くらい雇うことは大型基金ならあり得るが、各社の運用「合計」は、実質的にTOPIX連動のインデックス・ファンドと変わらなくなってしまう可能性が大きい。しかし、個々の運用会社にはアクティブ運用のフィーを払っているので、実質的に「パッシブ・ファンドにアクティブ・ファンド並みのフィー」を払うことになる。

個人の場合でも、同じアセット・クラス内で「あれも、これも、…」といった投資信託の買い方をすると、同様の状況になる。尚、運用のフィー(手数料)に関しては、年金基金の方が個人投資家よりも相当にシビアだし、運用会社に対する立場が強いので、年間の運用手数料が運用資産の0.3%くらい(或いはもっと下)に抑えられている基金が少なくない。この方向性は、個人も見習いたい。

理論的には、運用マネージャーを増やす目的は、より高いリターンを目指すため以外にあり得ない。「アクティブ・リスクのバランスを取る」という目的がありそうに思うかも知れないが、それなら、インデックス・ファンドを使う方がいい。

理論の続きをいうなら、リターンを高める可能性のある有効な情報(「判断」も含む)を持つ運用機関を雇って、彼らの持っている情報を全て集めて、その有効性と信頼性と相関関係を考慮して、投資のための「統合情報」を作り、それを使って「1つのポートフォリオとして」最適化する、というのが、マネージャー・ストラクチャーの理想像だ。

しかし、このプロセスは、いかにも複雑で実現が難しそうだ、と思われる方が多いのではないか。現実は、実にその通りで、このような形で運用機関を使えている基金は現実にはあるまい。年金運用の世界では、こうした理想像に近づくための工夫がいくつかなされることがあるのだが、現実と理想の距離はかなり遠いのが現実だ。

実際には、運用会社は情報を自社に抱え込んだまま資金を運用して、より大きな運用資金を獲得しようと狙っているから、お互いに情報を交換することもないし、「情報だけ」を基金に提出するわけではない。

年金基金も、あるいは年金コンサルタントも、多くの場合本音では、運用パフォーマンスを高めてくれるのではないかという期待に値する運用会社がそうたくさんあるわけはない、と思っていることが多い。この認識を素直に実務に当てはめると、インデックス・ファンドへの投資比率が増えることになる。大型の基金では、株式運用の8割程度をインデックス・ファンドに投資する基金が少なくない。

突き詰めて考えると、全部インデックス・ファンドでもいいのだが、それは基金の運用担当者にとって少し退屈だし、年金コンサルタントも自分の仕事が減ってしまう。年金の世界でのアクティブ運用には、こうした、本来なら意味が無いというしかない需要が相当にある。

「全部インデックスでいいのではないか」と思える理由は、年金基金もコンサルタントも、良いアクティブ・マネージャーを事前に選ぶ能力など、現実には持っていないからだ。しかし、彼らのビジネスは、少なからずそうした能力があるというフィクションの通用に依存している。

「『運用機関を評価できる』という前提を疑え」という心得は、もちろん個人投資家にも有用だ。

付け加えると、個人投資家の場合は、自分が「いいセールスマン」や「いいアドバイザー(たとえばFP)」を選ぶことができるという前提も一緒に疑う方がいい場合がしばしばある。

年金運用では、結局のところ、アセットアロケーションを完璧に作り上げることが出来れば、後は、それをどれだけ「ロー・コストで実現できるか」を考えることでマネージャー・ストラクチャーの問題の解決が得られる場合が多い。もっとも、前述のように、それでは基金や年金コンサルタントは自分達の仕事が減ってしまうという事情が現実には存在する。

年金の場合でも、個人投資家の場合でも、「コストが確実なマイナスのリターンである」という原則は強力であり、投資家が行うことの出来る努力で、運用の改善を本当に期待することが出来る分野として、ほぼ唯一のものは、「コストの見直し」だ。

マネージャー・ストラクチャーに、「巧みな組合せによる魔法」を期待しても無駄だ。シンプルで分かりやすく、コントロールしやすい構造を作ることが、理論的にも現実的にも正解になる場合が多い。