※本記事は2012年4月20日に公開したものです。

オルタナティブ投資の分類

 オルタナティブ投資は、「代替投資」と訳されることが多いが、株式や債券のような伝統的な投資に代わる投資という意味で、多数の、実は内容的に相当に異なる投資が一括りにオルタナティブ投資と呼ばれている。

 これらは、単に「非伝統的」な投資と異なる点があるということだけが共通点であり、投資家の意思決定には不便な用語法だ。もう少し丁寧な分類が必要だと思う。

 証券アナリスト試験のテキスト的な書籍として有名な「新・証券投資論II 実務編」(伊藤敬介・荻島誠治・諏訪部貴嗣、日本経済新聞社)は、数あるオルタナティブ投資を、投資対象を拡大しているのか、それとも、投資手法が拡大されているのかという投資手法の観点と、運用上取るリスクが、伝統的な資産の市場リスクなのか(伝統的ベータ)、非伝統的な資産の市場リスク(エキゾチック・ベータ)なのか、あるいはアクティブ運用のアルファ(市場リスクによらない超過リターン)なのか、という観点を組み合わせて分類している(ご興味のある方は、前掲書の397ページを参照されたい)。

 手法とリスクの分類がそれぞれ一通りに決まるなら、2×3=6通りで分類出来ることになるが、手法・リスク共に複数にまたがることが可能なので、なかなかスッキリと分類できない。

 たとえば、ヘッジファンドでは、主に伝統的な資産のアクティブ・アルファを拡大して獲得することを目指すものが多い。株式のロング・ショート運用が典型的だが、これは、運用手法が拡大的だという解釈になる。

 あるいは、エマージング株式、コモディティ、不動産(REITを含む)、などは、主にエキゾチック・ベータのリスクを取る運用と分類される。

 エマージング(新興国)株式は、既に個人投資家にもインデックス・ファンドなどを通じた投資が普及しつつあるし、むしろ伝統的なアセットクラスに入れて考えていいのではないだろうか。

 また、コモディティは確かに先進国の株式や債券以外のリスクを取るのだが、株式や不動産への投資のように資本を提供してリスクを取る形ではなく、先物市場などでゼロサムゲーム的なリスクを取るので、これをプラスのリスク・プレミアムが期待出来るような印象の「エキゾチック・ベータ」のリスクとして分類しておくことには問題がある。

オルタナティブ投資商品の評価・選択

 オルタナティブ投資の商品を評価することは難しい。日本の年金基金のような主体がオルタナティブ運用の商品・ファンドマネジャーを、十分な根拠をもって選んでいるとは信じ難い。申し訳ないが、率直な印象だ。

 オルタナティブ投資のパフォーマンス評価には独特の難しさが三つある。

 先ず、客観的なパフォーマンスデータに接することが難しい。たとえば、ヘッジファンドは、運用会社がデータサービス会社に対してパフォーマンスの数字を提出する形でデータが集められるが、この場合、そもそも生き残っているファンドのデータが集まる。運用が失敗して閉鎖されたり、マーケティング上データを提出する意味が無いと判断されたりしたファンドの実績が十分反映されない。これは、統計上「生き残りのバイアス」と呼ばれる問題だが、ヘッジファンドの運用統計などに関しては、先ず、この問題を疑う必要がある。

 また、オルタナティブ投資の場合、商品によっては、運用内容が十分公開されていなかったり、投資対象の時価評価が難しかったりする場合がある。そもそも、運用成績のもとになっている数字の信憑性自体を吟味する必要のある場合がある。

 また、過去に優れた成績を上げたファンドが、今後の投資対象として優れているといい難い面がある。

 そもそも、「過去のパフォーマンスは将来のパフォーマンスと無関係だ」というのが、運用商品・運用者の評価の際の大原則だが、特に先ほどのリスク分類でアクティブ・アルファのリスクを取ると分類されるヘッジファンドのようなオルタナティブ投資の場合、そもそもの運用哲学が「市場の歪みの修正過程で収益を稼ぐ」とするものが多い。

 だとすると、たとえば過去3年に優れたパフォーマンスを上げた商品があるとすると、その事実を、(A)「ファンドマネジャーの腕が優れているから将来も期待出来る」と考えるべきなのか、(B)「近年の好成績はリターンの元になっていた市場の歪みが修整されたということだから、むしろ今後の運用は成果が上がりにくいはずだ」と考えるべきなのかは微妙だ。たとえば、ロング・ショート運用の場合、(B)を考える方が妥当な場合が多いように思う。

 さりとて、現実のマーケットでは、過去の成績がいい商品・運用者の方が顧客側から見て納得して選びやすいので、過去のトラックレコード(運用実績)に影響されるケースが多いようだ。

オルタナティブ投資の手数料

 オルタナティブ投資でもう一つ問題なのは、手数料が高かったり、不透明だったりすることだ。

 オルタナティブ投資の商品では、「値上がり益の2割」といった成功報酬が設定されることが多い。成功報酬は、運用資産の価値を原資産とするコールオプションなので、オプション価格として定率の手数料と比較することが出来るが、概していえば、この水準は馬鹿馬鹿しいほど高いことが多いし、また、運用者が運用リスクを拡大すると、労せずして自分で自分が持っているオプションの価値を上昇させることが出来るという問題がある。

 運用業界側にとってのオルタナティブ投資の意味は、競争によって低下した伝統的資産の運用手数料水準を尻目に、実質的に高い手数料を稼ぐことが出来る商品だ、ということが最大のポイントだ。

 また、特に、ファンド・オブ・ファンズになっている商品の場合、実際にどこでどれだけ手数料が掛かっているのか、投資家の側からは把握しきれないケースが少なくない。運用報告書に表れる信託報酬だけでなく、ファンド内、あるいはファンド間の売買手数料やトレーディング損益の形で実質的な手数料を抜き取っているケースもある。

個人にとってのオルタナティブ投資

 年金基金のような機関投資家の場合、自分自身と運用コンサルタントと運用会社が暗黙のうちに共謀して自分たちの仕事を作るために、オルタナティブ投資に取り組んでいるような趣が少なからずある。

 個人投資家の場合、(1)意味のあるリスクを取ること、(2)実質的な手数料が高すぎない商品に投資すること、(3)仕組みが理解出来るなるべくシンプルなものに投資すること、の三点が重要だと筆者は考える。

 先の本(「新・証券投資論II」)の分類でいうなら、ゼロサム的なリスクを取る、コモディティやヘッジファンドの類は、プラスの絶対的なリターンが期待出来るのだとすると、話がうますぎるし(運用者は自信があれば自分や会社が借り入れる資金で稼ぐはずだ)、手数料やファンドの仕組みに問題のあるものが多い。

 一方、エマージング株式、エマージング債券、不動産、インフラ投資のようなエキゾチック・ベータのリスクを取る商品で、シンプル且つローコストなものがあれば、投資を考えてもいいのではないかと思う。

 もっとも、これらの商品についても、「オルタナティブ投資だから投資する」という理解をする必要は無い。

 最後に念のため言っておくが、「伝統的資産との相関が低い」という説明だけに感じ入ってオルタナティブ商品に投資するといった行動は、全く愚かだとしかいいようがない。金融の世界では、こういう人が大変騙されやすい。

【コメント】

「オルタナティブ投資」という言葉は現在、個人向けに大いに流行っているわけではないが、株価が低迷して商品が売りにくくなると、「株式市場の影響を受けにくい」、「分散投資の効果がある」、「最新の技術を駆使した運用」などというセールス文句と共に紹介されやすい。

 本文にもある通り、一口に「オルタナティブ投資」と言っても経済的な性質や商品としての特性が異なる。重要な区別のポイントは、(1)投資(資本の提供)のリスクを取るものか、投機のリスクを取るものか(ゼロサムゲーム的トレーディング益をめざすものか)、(2)手数料が透明で十分低廉かいなか、の2点だ。「投資のリスク且つ手数料低廉」なものは個人が選んでもいいと思うが、わざわざ紹介されるようなものにこうしたものは少ない。普通の個人投資家は「オルタナティブ投資」を気にしなくていいと割り切っていていいと思う。それで大きな機会損失があるとは思えない。(2022年12月20日 山崎元)