お金に怯えず暮らすだけの老後資金はあるのか、年金はいくらもらえるのか、何歳まで働くのか、はたまた何歳まで生きるのか…。年を重ねるにつれ、さまざまな不安が増えていく。そんな中、シンプルに「自分とお金」の関係に勇気を出して向き合うことで、不安から解放されたある女性の生き方に、今、静かに注目が集まっている。

 人気ブログ「ひとり紫苑・プチプラ快適な日々を工夫」から出版された書籍『71歳、年金月5万円、あるもので工夫する楽しい節約生活』が話題の紫苑(しおん)さんだ。

 

 生活の不安が募り始めた64歳、最低でも住む場所さえあればと、思い切って一軒家を購入したが、その分、貯金はゼロ円になった。月に約5万円の年金で衣食住の「住」以外を賄うシンプルな毎日をブログで公開。

 決して余裕はないはずなのに、シニアだけでなく若い世代から共感のコメントが届くという。月5万円のリアルなシングルシニアが、人生の坂道を悠々と歩いているように見えるのはなぜか。

月収は年金5万円のみ。たんたんとリズミカルな足取りには、シングルシニアの不安は感じられない

「悠々なんてとんでもない。私も、お金の不安や生活の不安にずっとさいなまれていた一人です。不安定なライターの収入で、しかもシングルマザーで二人の子を育て…、余裕などありません。目の前のことで精いっぱいでした」

 50歳を超えるまでは老後の備えまで考えが及ばず、不安を避けるためか、無意識にお金と自分の関係に向き合うことから目を背けて全力疾走。そんな紫苑さんが腹をくくったきっかけは、コロナ禍だった。

「コロナ禍をきっかけに、今まで続いていたライターの仕事がガクッと減り、収入がほぼ年金のみになりました。そこでようやく、今と、今後の自分に入ってくるお金と出ていくお金をしっかり見直す勇気が出たのです。遅すぎる目覚めですよね」

 それまでの、住居以外の生活費は約18万円。シニアが一人で暮らすには十分な金額だが、収入が年金5万円のみ、しかも貯金0円だと生活は破綻する。生活の足元が揺らいできたタイミングで紫苑さんは生活費の見直しと大胆な断捨離を開始。これまで「どうしても減らせない」と思い込んでいた必要経費も含めて大ナタを振るった。

紫苑さんの家計BEFORE→AFTER

健康保険、住民税、国民年金などは月々積み立てて準備。たまの外食費は雑費などで処理。大きく減ったのは保険とジムと美容(被服費含む)。これで十分やっていけるという自信がついた

 まず紫苑さんが減らしたのは「保険」。それまで月に2万円払っていた医療・生命保険をすっぱりと解約した。70歳間近となると、医療費こそこれから必要なのでは?とも思うが、「調べてみたらそうでもなかった」と紫苑さんは言う。

「高齢者の医療費は国の補助がしっかりと支えてくれるのでさほど高額にならないのです。しかも年金5万円の定収入層ならば自己負担額は年とともに減ります。本当になくしてしまって大丈夫か、何度も保健相談に通って勉強し、これなら大丈夫、と思えたので思い切って全て解約しました。万一に怯えて保険に入り、その分生活を切り詰めるよりも、健康でいることのほうが不安も減るし、節約になると思ったんです」

*70歳未満の医療費の自己負担は、基本的に一律3割負担だが、70歳を超えると自己負担は2割になり、75歳以上になるとさらに1割に減る。70歳以上でも高収入層は現役時代と同様に3割負担となる可能性があるが、紫苑さんのように年金受給額が低い場合はこれにあたらない。今では医療費は眼科と歯科の定期健診費用のみ。医療費というより、体のメンテナンス費といっていい。

*ケース別に自己負担額などの条件は異なる。詳細は厚生労働省 高齢者医療制度を参照

 同じタイミングで、毎月通っていたフィットネスジムも解約した。ジムに通わずとも散歩や生活環境の見直しで十分に健康を維持できるはず。そう思って見直したものは「食費」と「食生活」だ。

 買い物内容も見直し、干し野菜やパンなど手作りできるものは、楽しみながらできる内製に切り替えた。結果、食費は2万5,000円から1万円におさまった。同時に外食費や交際費も削減。質を吟味して安価で購入した食材を無駄にせず、栄養バランスを考え、丁寧に手をかけて3食を作ると、体調も画期的に改善した。

 保険やぜいたくな食事を手放すことは、病や健康面での不安を手放すことにもつながった。

ハンペンを入れることでふっくらと仕上がるハンバーグを丁寧に手作り。生活に丁寧に手をかけることで一日は充実し、時間はいくらあっても足りない。余計な娯楽は、今はもう必要ない。

 次に紫苑さんが断捨離したのは「情報」だ。「人は情報に刺激されて物が欲しくなります。それが原因で今まで、本当に必要じゃないものにたくさんお金を使ってきてしまった。今はもうキラキラブログも見ないしグルメ番組も見ません。壊れたのをきっかけにテレビ自体、もう見ていないんです」

 過去、熱心に買い集めた着物も、必要なものだけを残した。残った着物を洋服にリメイクして自分だけのオンリーワンファッションを手作りする。お金をかけずにプチプラグッズと工夫で、快適なインテリアに囲まれた居心地のいい部屋を作り上げた。情報が呼び込む羨望や欲望をシャットアウトすることで、本当に自分が必要なものとそうでないものが見えてきたのだ。

築40年の一軒家を格安で購入。丁寧にメンテナンスしながら、さまざまな工夫で快適な家を作り上げた。自分らしいステキな暮らしに余分なお金はいらない。

 とはいえ、今年の物価高で家計は影響を受けたのでは?という質問に「影響はない」と紫苑さんは即答。「物価が上がっても、5万円で暮らすと決めたらやりくりの工夫をするだけです」

 収入を増やすよりも、支出を見直すほうが、結果的には継続可能な改善となる。将来が不安なのは、いくらかかるか、具体的な金額が見えてこないからかもしれない。今の生活を変えないことを前提に試算するのも不毛。

 自分が納得いく生活に最低限いくらかかるのか、老後を前に一度、試験的に生活を変更してみて、具体的な生活と必要額が見えてくると、正体不明の不安も不満も、ざわめきをひそめていくのではないだろうか。

「1億円あっても、2億円あっても、不安な人は不安でしょう? 月5万円でやっていけるという自信がついたら、つきまとっていたお金や今後の不安がすぅっと消え失せました。もっと早く気づけばよかった(笑)」

 ここで注意したいのは、「シンプル」と「貧しさ」は異なるという点だ。無理な切りつめや苦痛を伴う節約では、どこかにわびしさがにじみ出るし、結局続かない。

「若い人なら貧乏自慢も笑い話になりますが、シニアは、みじめさが見え隠れすると、自分も見ているほうも辛くなります。自分が納得できる出費に絞り、自分が辛くないよう工夫をちりばめて、自由に暮らすことが大事」

着物ブログ時代に買った着物を大切に着る。無駄を切り捨て、必要なものだけを背負った紫苑さんの背中は軽い。

 時間がある若い世代が、老後に備えるあまり、今の生活を切り詰めすぎても、幸福感・納得感は得られない。もちろん、余剰資金での資産づくりや準備は早いにこしたことはないが、お金を確保するだけでなく、まずはどんな状況にも柔軟に対応できる「生活力」も磨いておくことも重要だ。

 令和のシニア層は、石油ショックからバブル崩壊、リーマンショックにコロナ禍とさまざまな浮き沈みを経験し乗り越えてきた強さを持っている。「何があるか分からない」、と怯えるのではなく「何があっても暮らしてきた」という自信を核にして、自分らしい歩幅で歩んでいってほしい。

「私と同じシニア層に、焦らないで、不安にとらわれすぎないで、と言いたいです。自分らしく生きるのにお金はそんなに必要ないんです。早く気づいたもの勝ちですよ」

紫苑さんから学べること
1.固定費と思いこまずに収支を見直す
2.将来どういう風に暮らしたいか、具体的なイメージを固める
3.自分が納得して暮らせる最低限の額を早いうちに見極める
4.健康第一! 自分を大切にして健康を手に入れる
5.まだ起こっていないことに、過剰に不安がらない

 
71歳、年金月5万円、あるもので工夫する楽しい節約生活』紫苑/大和書房/2022年07月23日発売/1,540円(税込)