本連載の「大学生に資産運用を教える授業計画について」(2010年2月19日)に書いたように、この4月から、獨協大学の経済学部で学部の学生(2年生以上)に「金融資産運用論」と題して、お金の運用の講義をすることになった。本連載の読者のご関心とも共通点があると思うので、講義案や講義の反省などについて、本連載でも随時取り上げていきたい。

授業計画上の第一回はガイダンスになっているので、第百二十回の原稿に書いたような内容と、講師の自己紹介、講義の抱負、試験・単位認定の要領などを話して終わりです。資産運用の話は何が難しいか、学者と先生は何が違い、自分(=山崎)はこの講義でどういう立場で何を目指しているか、ということなどを話す予定だ。

具体的な内容に入るのは、次の第二回からだ。予定では、「運用常識の嘘と本当」と題して、お金の運用の常識とされている内容について、何が正しくて、何が違っているか、というような話をする。三回目以降の講義に興味を持ってもらうとともに、あわせて、学生の反応を見て、次回以降の話の内容や説明レベルの上下の参考にしようと考えている。

以下に、第二回目の講義資料の原稿と講義のためのメモ書きを公開する。

「金融資産運用論」 第2回 講義資料(案)

第2回の講義では、世間一般で主に個人のお金の運用に関して、常識として知られているが、問題のある事例についていくつかご紹介しながら、お金の運用について考える際のポイントについて、考えてみたい。

(I)個人の資産運用が難しい理由

そもそも、「個人のお金の運用」自体が、理論的な扱いも含めて、大変難しい。たとえば、約120兆円の公的年金の運用と同じくらいか、それ以上に、難しい。理由は三つあるように思うが、学生諸君も何が難しいか(数秒)考えてみて欲しい(注;ラジオだと5秒以上の無音は「放送事故」とされる可能性がある)。

山崎が考えた、理由は以下の通り。

<個人の資産運用が難しい理由>

  • (1) そもそも個々の資産の将来のリスク(リスクの大きさと複数資産間の相関関係)と期待リターンの予測が難しい。これは運用金額の大小にかかわらず同じ。

  • (2) 個人の場合、将来の収入、健康、家族関係などに変化の可能性が大きく、負債もあれば、資産を相続する可能性もある。これに対して、年金の資金の出入りはルールが決まっていて、専門的な計算を要するが、ある程度計算できる。資金に関する与件は個人の方が複雑。

  • (3) プロの運用は専門家が契約と専門知識に基づいて行うが、個人の場合、誘惑に弱い素人が行わなければならないので、理論通りに実行できるか、という問題がある。仮に、実行が難しいなら、セカンド・ベスト的であっても、実行が容易な簡便法を考える必要がある。

これらの他に、個人が、金融機関等から不適切な誘導・勧誘を受ける可能性があることも考慮に入れるべきかも知れない、などと思う。

なお、「個人の資産運用が案外簡単である理由」というのも、後の講義で説明する用意があるから、期待しておいて欲しい。

(II)アメリカ流の投資教育も案外いい加減だという話

次の問題。以下の7項目は、アメリカ流の投資教育のエッセンスを山崎がまとめてみたものだが、それぞれ、どの程度正しいと思うか? ○=正しい、△=どちらとも言えない、×=誤り、で答えて欲しい。

本当は、「どちらとも言えない」は回答としては、突っ込み不足だ。条件をはっきりさせて、論理的に○か×かを答えるべきなのだが、今回は、いいことにしよう。

<アメリカ式(?)投資教育のエッセンス(と思われる)7項目>

  • 1. 人生にはお金がいる。特に、老後にお金がないのは寂しい
  • 2. リスクの(ほとんど)ない確定利回りの運用ではお金はなかなか増えない
  • 3. リスクの大きな資産の投資利回りは大きい(「ハイリスク、ハイリターンの原則」
  • 4. 長い期間投資するとリスクは縮小する
  • 5. 投資対象を分散するとリスクは縮小する
  • 6. ドルコスト平均法(一定間隔で一定金額買い付ける方法)でリスクは縮小する
  • 7. 長期間、積み立て投資で、投資信託に投資すると幸せになれる!

表現方法や、ニュアンスには違いがあるが、米国の運用会社やファイナンシャル・プランナーが“啓蒙”する(←偉そうに!)考え方は、おおむねこんな感じだ。

あなたはどう思われるか?(今度は、一個あたり数秒考えていい)
手元の紙にでも、ご自分の考えた○×をメモしてみて欲しい。

山崎の、現在の回答は、以下のような感じだ。

1. ○ お金があると自由度が拡がるし、多くの不幸がお金で避けられる。
2. ○~△ リスクのない運用資産の利回りが相対的に低いのは事実だ。
3. ×~△ H-Hの原則は一定の前提を置いた期待に過ぎない。現実に反証もある。
4. × これははっきり間違い! しかし、世間の多くの本・論者が間違えている。
詳しく知りたい人は、たとえば『証券投資 上』(A.ケイン他。東洋経済)P268以下を参照。
5. ○ これは正しい。分散投資は「投資家が自分でできる運用の改善」だ。
6. ×
(おまけして△)
気休め以上のものではない。貯蓄の習慣としては実用的だが。
7. × 不用意に市販の投資信託を買うようでは落第。そんな卒業生の姿は見たくない! 投信の9割以上は手数料を考えただけでも検討に値しない。

上記のいくつかの問題については、今後の講義でまた詳しく取り上げる。

上記の2番、「ハイリスク、ハイリターンの原則」について、山崎が一般向けの書籍に書いた説明を参考に掲げておく。

「ある金額を投資すると将来ある利益が得られる権利が得られると仮定しよう。この利益が確実なものである場合と、期待値は同じだが変動する不確実なものである場合とでは、人はこの権利にどのような値段を付けるだろうか。後者に関しては、たぶん、リスクを負担するのに見合う追加的なリターンを求めるだろうから、前者よりも低い価格(つまり投資額に対する将来のリターンはそれだけ大きくなる)を形成することになるだろう。つまり、将来の期待値が同じでも、リスクのあるものの方が期待されるリターンが高くなるはずだ」

この理屈はどの程度リアルに感じられるだろうか。よりリスクが大きいのに、リターンが大きくならないケースとして考えられるのは、(1)将来の収益の期待値を間違えて価格を形成したケース、(2)出た結果が事後的に期待値よりも大幅に悪い場合、(3)人間が誤って価格を付けたケースの三つだ。

株式でいうと、それぞれが厳密に分離できるものではないが、将来の利益が分からなかった場合、過去に予想した利益と違う結果が出た場合、会社の人気不人気などによって価格形成が歪んだ場合などには、高すぎる価格で投資したか、不運な事象が起こったかで、投資の結果が悪かった場合にほぼ対応する。何れも、なにがしかは人間の能力的な制約に起因する現象だ。

はっきり言って、人間の予測能力は、「将来の利益の期待値をほぼ正しく見通す」といったレベルにはほど遠い。多くの人間が取引に参加して情報と解釈を価格に反映させて、一人の投資家が考えるよりも正しい価格が形成される傾向はあるが、それにも限界がある。「ハイリスク、ハイリターンの原則」は少なくとも絶対的なものではない。

しかし、他方で、ある程度は将来が見通せるわけでもあり、この場合、そのような前提から取引される価格で投資に参加するならば、傾向として「より大きなリスクに対して、より大きなリターン」が得られるだろう。

つまり、判断は簡単ではないが、リスクを伴うある投資対象に対して、世間が集団的に過剰な期待を抱いて価格を形成しているのでなければ、その対象については「ハイリスク、ハイリターンの原則」が実現しやすいということだ。

『お金とつきあう7つの原則』(2010年3月下旬、ベストセラーズ刊)

 

(III)利食い・損切り目標と「上手い運用の投資信託」について

その他の、お金の運用に関する世間常識をあと二つ取り上げてみよう。
次の(A)、(B)については、どう考えるか。

  • (A) たとえば株式に投資をするときには、株価がいくらまで値上がりしたら売るかという「売り目標値」と、幾らまで下落したら諦めて売るかという「損切りライン」を、あらかじめ決めておくことが大事だ。

  • (B) 投資信託を買う場合は、運用や販売の手数料が高くても、過去の運用実績が相対的に優秀な、上手い運用者が運用するファンドを選ぶことが大事だ。

○×を当てるのは、ここまでの流れから判断して、簡単だろう。そう、私がここで出題するからには、二つとも×なのだ。問題はその理由だ。どんな理由が思い浮かぶだろうか?

「これが解答だ」と言って、山崎の結論を押しつけるのは、たぶん、教育的に良くないのだろう(新米教師でも、そのくらいのことは考える)。解答代わりに、(A)、(B)について考えるためのヒントを問いの形でご提示しよう。

  • (A)を考えるヒント
    • 投資したあなたの買値は将来の株価の動きに影響するか?
    • 買った時点で知らない情報を後から知る可能性があることについてどう考えるか?
    • 先に上下の「売り目標値」を決めておくことのメリットを金銭的に評価するといくらか?
  • (B)を考えるヒント
    • 過去に優れた運用成績だったファンドが将来も優れた成績を上げる確率が大きいとした場合、何が起こるか?
    • 事実は、上記の状況に当てはまっているか?
    • 「上手い運用(者)」を見分けることができないとしたら、何が最善か?

今後の予定と期待

だいたいこの辺まで話すと、時間が尽きるのではないだろうか。時間が余った場合は、「投資のための心得5箇条」でも即席で作って、学生達に伝えることにする。

学生達からどんな反応が返ってくるか、筆者は本当に楽しみにしている。結果は、後日ご報告したい。