(1)学部学生相手の資産運用の授業計画

今年の春からしばらくの間、関東圏のある私立大学で主に経済学部の学生を相手に「金融資産運用論」を教えることになった。高度な知識を前提にするわけではないので、1年生からでもいいのだが、ある程度の基礎があるとありがたいということで、念のため2年生以上を対象とする。

学生のレベルや基礎知識、金融常識など、本当は重要な前提条件は一度やってみなければ分からない。数学は複利と標準偏差くらい分かれば(あとはできれば微分が「微かに分かる」くらいで)十分だから数IIでおつりが来るし、基礎学力は、勉強が面倒でない分、一般人よりも余裕があるのではないか。しかし、「株式」とか「債券」といったものに対する具体的イメージが乏しいかも知れないので、話の内容が分かってもらいにくいかも知れない。だが、金融機関などから余計な先入観をインプットされていないので、話が染みこみやすいのではないか、というのが講師の期待だ。

半期で14回の授業をひとまとまりとして授業計画を作成した。もちろん、授業をしながら内容も構成も修正していくことがありそうだが、秋学期も基本的に同様の内容を講義する予定だ。

以下は、筆者が大学に提出した授業計画だ。

  1. 「金融資産運用論」の概要(ガイダンス)
  2. 運用常識の嘘と本当
  3. 割引現在価値と債券投資
  4. 株式の投資価値とモダン・ポートフォリオ理論
  5. 「市場の効率性」の本当の姿
  6. 行動ファイナンスと投資
  7. 資産配分(アセットアロケーション)の基礎
  8. 資産配分(アセットアロケーション)の実際
  9. 個人の資産運用計画
  10. 株式ポートフォリオの運用方法
  11. 投資から見る外国為替とデリバティブ
  12. 年金と投資信託の商品と運用
  13. 運用業のビジネスモデル
  14. 個人の資産運用の再論

どんな構成にするのがいいか難しいところだが、筆者としては、オーソドックスだと思う構成にした。一般投資家向けの投資教育は、投資の基礎、アセットアロケーションから個別商品へと流れる形で作ることが多いが、本授業計画は、大まかには、投資の基礎の部分を理論的に補強した構成に、運用ビジネス論や個人の資産運用計画の考え方を補足したものだ。

最初の授業(まだ「講義」と名乗るほどの自信はない)では、筆者が思う、金融知識の現状(アカデミック、世間一般、運用のプロ、それぞれの立場から)と特に個人の資産運用をめぐる問題点を概説し、「楽勝科目」であることをそれとなく伝える。

2回目ではリスクとリターンと「効用」について教えて、考え方の枠組みを上手く伝えたい。しかし、今気付いたことだが、「運用常識の嘘」といっても、運用常識自体を持っていない学生には話が分かりにくいかも知れない(早速修正が必要だ)。

3回目で割引現在価値を理解してもらい、ついでに債券の価格・利回り計算を説明する。

4回目では割引現在価値の知識をもとに株式のファンダメンタル・バリューの考え方を教えて、リスクプレミアムとの関連でCAPM、APT、ICAPMなどのポートフォリオ理論を概説する。ポートフォリオ理論が「何々プライシング・セオリー」と呼ばれていることから考えると、妥当な構成ではないか。

5回目に、「市場の効率性」を巡る問題を集中的に取り上げる。市場は価格が正しいという意味で効率的ではさらさらないが、アクティブ運用が難しいという意味ではフェアだ、という点を説明する(従って、アカデミックな議論のかなりの部分がピント外れなのだ)。ここは、上手く伝えたい。

6回目は、前回の市場の効率性批判の話からつなげて、行動ファイナンスのエッセンス(裁定が不完全性の研究と「バイアス」の研究)を紹介する。

7回目、8回目は、アセットアロケーションだ。エクセルを使ってアセットアロケーションを分析できるようになることが一応の目標だ。プロでもリターンとリスクの「匙加減」が良く分かっていない人がいるので、丁寧に教えたい。

9回目は、「人的資本」を考えた場合のアセットアロケーションや個人のALM、生命保険の意味などを説明する。

10回目は、株式ポートフォリオの運用をアクティブ運用の話を中心に解説する。

11回目に、外国為替の性質と簡単なオプション理論の説明をする。共に、本来、もう少し丁寧に説明すべきテーマかも知れない。

12回目からビジネスとしての資産運用を説明する。年金と投資信託の仕組みの概説、運用の共通点・相違点などを説明したい。

13回目は、ビジネスとしての資産運用について説明したい。行動ファイナンスと伝統ファイナンスが資産運用ビジネスでどう応用されているか、ということなども話したい。

14回目は、正直なところ「予備」として流動的だ。授業が計画通りに進んでいれば、個人の資産運用を巡る状況の総まとめを話して終了とする。

(2)学生向けのPRと成績評価など

いくらか恥ずかしいが、学生向けの案内文を再掲しておこう。この授業を履修して下さいという一種のPR文でもある。

この講義は、金融資産の運用について、理論と実際の両面の基礎知識と考え方を伝えることを目的とする。

現在、世間的にもアカデミックにも個人の資産運用に関しては、十分な理論的基礎と実際に応用可能な方法とが組み合わせられた方法論が存在しないように思われ、誤った内容が「投資教育」と称して金融機関などを通じて一般に広まっているのが実態である。そこで、「正しくて体系的な個人の資産運用の手法と知識」の内容を確立することを、本講義の第一の目的としたいと考えている。

また、個人の資産運用の他にも、年金や投資信託など機関投資家の運用の実態や、運用ビジネスのビジネス・モデルなど、現実生活に関係するテーマがあり、投資に関する理論的な研究は、モダンポートフォリオ理論や金融工学を経て、近年は行動経済学の影響も受けて、現在、流動的で、知的にも非常に面白い局面を迎えている。

本講義では、できるだけこうしたトピックにも触れて、学生が金融市場をめぐるファイナンス(金融論)の研究に興味を持つようなガイダンスをして行きたい。

個人のお金の運用に興味のある方、金融機関への就職を考える方、金融論の一分野としての投資理論に興味のある方などの参加を期待する。

教材は、そのうちにまとめたものを作りたい。他の授業(題は、「会社と社会の歩き方」)でも自著をテキストにして学生に売る予定はない。むしろ、授業内容を素材にして、一般向けの本を作りたいと思っている。

教材をどのような形で届けるか、質問をどう受け付けるかなどは、ブログの活用なども含めて検討中だ。

成績評価については「原則として期末試験の結果(100%)によって評価するが、試験にかえてレポートを評価する場合がある。試験はテーマ選択式の記述問題を予定している。」と述べてある。成績評価の基本方針については大学の方針に従うが、落とすことを目的とした試験はしない。答案やレポート(救済措置用)を読むのは大変そうだが、楽しみでもある。

授業の教材、授業から得たフィードバックなどについては、随時、この「ホンネの投資教室」でもご紹介していきたい。