このコラムでは、これまで当面の相場状況とは関係の薄い、なるべく一般的なテーマを取り上げてきた。だが、たまには、相場の現状を考えてみよう。現在のマーケットを大きく揺るがせているアメリカのサブプライム問題には、ある種の「バブル」の一般論が当てはまるので、将来も振り返る価値があると思う。

二方向に拡がるサブプライム問題

昨年の暮れぐらいから、筆者は、サブプライム問題は第二ステージに入ったと考えてきた。具体的には、雇用統計に見るアメリカ経済の減速、低調だったクリスマス商戦などから、アメリカの不動産価格の下落が、景気の減速に結びつき、景気悪化を悪材料として株式が売り込まれる段階に入ったと考えた。

ちなみに、第一段階は、サブプライムローンの証券化商品による金融機関の損失がもたらす流動性の収縮と心理的悪化がアメリカの株価と米ドルを下押しするプロセスだ。この段階も、マーケットには相当のインパクトがあったが、不動産価格の下落は、サブプライム層が購入する物件だけに起こるわけではないし、特にアメリカでは住宅価格の上昇を消費の原資にするメカニズムが広く利用されているから、不動産市況の不調が景気に影響する段階が必ずあるはずだと考えた。

日本のバブル崩壊の時期にあっても、やっと住宅を手に入れた給与所得層も苦しかったが、バブルに浮かれて大きなポジションを持って後に大損した高所得層あるいは資産家の一群が存在した。余裕のある人でも、多くは、その人なりに無理をする。アメリカでも、不動産の価格下落が景気に影響しないはずがない。

その後、今年の3月までの印象は、第一段階が意外に長く尾を引いていることと、第二段階の事実の表れが案外遅いことだ。

サブプライム問題による金融機関の損失は、昨年7月の時点ではバーナンキFRB議長が最大1000億ドル程度だと議会で発言した。しかし、現在、すでに2000億ドル以上の損失が発表されているし、最終的に1兆ドルに近いのではないかと推計する声があちこちから出ている。金融機関のサブプライム関連の損失額は、対象の範囲と、時期などによって大きく変動しうるが、当局の当初発表の数倍という日本の不良債権問題のような推移になっている。この問題の全貌がまだ見えきった感じがしないのは、いささか不気味だ。

相場の問題として考えると、第一段階の問題の悪影響は、金融当局が市場に潤沢に流動性を供給すると、ある程度は、損をした金融機関だけの問題に限定でき、広い範囲の信用収縮に至るような性質の問題ではない。

だが、第二段階の「景気への悪影響」は、それが起こってしまうと、即効性のある政策対応が難しい。この点は、資産価格の下落とその「負の資産効果」が表れるまでの間にタイムラグがあることと共に、この問題の扱いを難しくしている。現在、日本の株価は非常に景気に敏感で、特に、アメリカの景気と株価に敏感に反応している。今しばらくの間、アメリカの景気指標からは目が離せない状況が続きそうだ。

ここまでは、サブプライム問題が発生した段階である程度考えることができたが、新たに考えなければならなくなった要因がある。それは、サブプライム・ローンの証券化商品にとどまらず、証券化商品全般に対する疑心の拡大だ。消費者ローンや、自動車ローンなどを証券化した証券化商品でも格付けと価格が下がっているし、新たな商品の組成が難しくなってきている。

証券化の段階では、通常さまざまな債権のキャッシュフローを束ねて分散投資効果を狙っている。主として個別の要因でデフォルトが起こるような場合には、分散効果が効きやすいのだが、景気の悪化や不動産価格全般の下落のような国中に広く起こるような要因で起こるデフォルトに関しては、リスクの分散効果は働きにくいはずだ。

サブプライム関連の証券化商品が典型的だが、証券化商品に関する当初のリスク評価は、前者のような状況でのデータを前提に行われていて、後者のような状況をカバーしていなかったのではないかと思われる。そうなると、前者の状況を前提に評価された信用リスクが仮にAAA(トリプル・エー)だったとしても、これを信用してはいけないのではないか、と疑われて当然だ。

サブプライム問題は、サブプライム以外の住宅ローン証券化商品と共に、住宅ローン以外の証券化商品に対する疑問まで波及してしまったようだ。そして、この疑問は、取り越し苦労ではなく、当然の疑問である。リスクの誤認と共に高価格(高格付け)が流通していたという意味で「証券化バブル」と呼べる状況があったと考えてもいいだろう。景気に対する懸念と共に、「証券化バブルの崩壊」が表面化したのが、現在の状況だ。

証券化商品全般の信用リスクがより実体に近く評価されるということは、証券化によるファイナンスの縮小を意味する。この信用収縮に対して、FRBの利下げは、投資する側の資金コストを通じてプラスの影響があるから全く無関係ではないが、直接的には十分な効果を持ちにくいだろう。

また、証券化商品の広範な値下がりは、金融機関の資本の実質的な毀損を意味する。自己資本が制約となって、貸し渋り・貸しはがしなど融資の縮小が起こることは、日本のバブル崩壊後の十数年で経験済みの事態だが、アメリカの金融がこのコースに嵌る可能性が出てきた。FRBによる流動性の供給は、金融機関相互の資金融通市場を通じた、あくまでも資金繰りの支援でしかなく、「損」を取り除いて資本を立て直すものではないから、「アメリカ版貸し渋り」に対して決定的な効果を持ちにくい。

サブプライム問題は第二段階に入ったが、この第二段階は、景気への悪影響と、証券化バブルの崩壊による信用供与の縮小という共に厄介な二方向に拡がっているようだ。

ドル・原油・金

株価が下がる一方で、原油先物は100ドルを、金は1000ドルを超え、日本円は1ドル100円を突破した。それぞれが近い時期に大台替わりしたことに特別の必然性はないが、印象的な推移だ。

為替レートの先行きを見通すことはいつの時代でも難しいが、アメリカの金利が現実にこれだけ低下し、さらに金融緩和に向かうしかないと思われることや、アメリカの金融が混乱して、国際金融の決済通貨及び準備通貨としての米ドルの使い勝手が損なわれつつあることを考えると、米ドルの趨勢的な下落に歯止めがかかるとは思えない。

また、円は、米ドル以外の通貨に対しては歴史的にも安値圏にあり、日本の景気だけが突出して悪いわけではない以上、円安に誘導する為替介入は正当化されにくいだろう。また、日本政府単独の介入で、ドルの下落が止められるとは想像しにくく、本格的な協調介入も想定しにくい。

一層の円高を積極的に「予想」しないまでも、そのリスクを「覚悟」する必要はありそうだ。

原油や金など、商品市況については、個々の商品の需給を洗い直す必要があり、現時点で、筆者には確たる意見があるわけではない。ただ、商品先物市場に米国の年金などの長期の運用資金が流入している(彼らはインフレヘッジが名目なので、一方的に「買い」のサイドから入りやすいはずだ)ことと、こうした一次産品の高騰が不景気と両立しにくいはずであることを考えると、現在の価格が商品それ自体に対する需要の実態に対する以上の価格となっている(つまり、「商品バブル」の)可能性がないとはいえない。特に前者の要因による価格上昇は、資金の流入が止まると剥げ落ちる性質のものなので、要注意だ。

ただし、不景気と商品高騰は長期的に両立しにくいとはいえ、個々の商品の需給や、相場の綾で、両方が進行する時間がないとはいえない。この場合、商品に起因するインフレが、追加的な金融緩和を難しくすると共に、同時に企業収益や消費の圧迫要因にもなる。最悪のケースとして、そういった局面もあり得ることは、念のため頭に入れておこう。

商品や為替レートと株式を比較すると、株価に対する利益、あるいは資産といった投資価値のアンカーになるものが存在する分だけ、株式の価値は考えやすい。個人の資産運用の立場で考えると、商品はあくまでも「投機の対象として面白いもの」であり(筆者は人が投機を楽しむことに反対ではない)、長期の運用対象としては考えにくい。

日本株への影響

日本への影響は、アメリカの株価の下落を通じた日本株への下押し圧力と共に、為替レートによるものが大きい。現状では、上場企業の収益全体の中で輸出企業の収益が占める割合が大きく、円高は、投資家にとって心理的にも、かなり大きなマイナス要因だ。

サブプライム問題による悪影響がアメリカの株価よりも日本の株価に大きく出ていることを訝る論調が時に見られるが、両国の景気の連動と、国際分散投資を通じた連動の他に、日本株固有の要因として、円高の悪影響と、日本では中央銀行による利下げや減税など、ショックを緩和するための対策が取られる見込みの非常に薄いこと(つい最近まで次の利上げの時期が話題だったし、増税が公然と語られている)が挙げられる。今のところ、日本株の方が下げていることに不思議はない。

公的資金は投入されるか

サブプライム問題を解決する決定打として、アメリカ政府による公的資金投入が有効だという議論がある。

日本で行われたように、金融機関の自己資本になるような形でアメリカ政府の資金が投入されれば、自己資本の制約による貸し渋りは止まるし、対策に本腰が入ったという心理的な効果からも、事態は急速に改善するかも知れない。アメリカの当局者は、日本のケースをかなり深く研究している様子なので、こうした対策が取られる可能性も排除できない。

しかし、ことサブプライム問題について考えると、現在サブプライム問題で苦しんでいる金融機関は、これまでにサブプライム・ローンとその関連ビジネスでさんざん儲けて、問題を拡大してきた張本人でもある。

仮に公的資金を入れるとしても、末端の住宅ローンの借り手をサポートするようなものは、社会的には、比較的容易に受け入れられるだろう。ただし、技術的には、どのようなケースに対して、幾ら、どのような形でサポートするかは難しいし、仮に何らかの資金投入が行われても、金融機関の自己資本回復に結びつくまでには、時間がかかりそうだ。

一方、金融機関の自己資本に直接公的資金を注入するような、「ウォールストリートの連中」を助ける公的資金投入には、相当の抵抗があるのではなかろうか。彼らの金満ぶりは、かつて日本で指摘された「銀行員の高給」のさらに一桁上のレベルだ。公的資金を注入する一方で、かつてのS&L(貯蓄金融機関)破綻の際のように不正に関わった者をどんどん刑事摘発すればいいという議論はあるが、サブプライム・ローン及び証券化のビジネスにはあまりに多くの人々が関わっており、彼らは利益(によるボーナスなど)をすでに食べてしまっている。彼らを公平に裁くことは、アメリカといえども簡単ではない。

株式市場が満足するような形での公的資金投入は、将来あるとしても、もう少し先のことになるのではなかろうか。

日本の例の類推などから、アメリカ政府による公的資金投入(たとえば金融機関が保有する証券化商品を一定条件で買い取るなど、金融機関の資本に直接効く対策)が必ずあるはずだと決めつけることはできないが、今後、公的資金投入が相場の転換点になる可能性はあるので、注目しておきたい。

日本株の株価水準

投資行動を決めるに当たっては、マクロ経済のあれこれを考えるよりも、大掴みに株価水準を考える方が有効な場合が多い。

3月19日の時点で、日経平均は12260円44銭で、今期予想利益ベースのPERは13.72倍だ。このPERは、益利回りに直すと約7.29%に相当し、当日の長期金利が1.265%だから、これは利益成長がゼロとしても、長期金利に対するリスクプレミアムが6%になる。

ここで、株価を将来利益の割引現在価値として、(1)利益成長率を一定として、これが、(2)名目GDP成長率と等しい、と考えて、名目GDP成長率数通りと、リスクプレミアム「5%(割高のケース)」「6%(標準のケース)」「7%(割安のケース)」の各種の組み合わせについて、日経平均を計算してみた。(以下の表参照)

(表)日経平均の理論値の試算

名目成長率 高(Rp=5%) 中(Rp=6%) 低(Rp=7%)
3.00% 27,370 20,952 16,973
2.00% 20,952 16,973 14,264
1.50% 18,754 15,501 13,209
1.00% 16,973 14,264 12,300
0.50% 15,501 13,209 11,508
0% 14,264 12,300 10,812
-1% 12,300 10,812 9,645

(EPSは日本経済新聞3/20による。長期国債利回りは3/19終値から)

EPS(今期予想) 893.62
長期債利回り 1.265%
  • 3/19の日経平均は12,260.44円

あくまでも上記の仮定の下でだが、1万2千円台前半の日経平均は、日本の成長率を0%程度と見ているか、1%くらいはあると見ていてもリスクに対して相当に警戒的(リスクプレミアムが大きい)な状態であるか、いずれかだと解釈できる。

今のところ、シンクタンク各社の今年の成長率見通しは下方修正気味ながらも1%台後半のものが多い。もちろん、今後のアメリカの経済動向の影響を強く受けるが、現状の株価は、経済状況に対して、やや悲観に傾き過ぎているかも知れない。

大きな経済の流れを考えると、サブプライム問題は、景気循環の中の典型的な一局面だ。好景気の末期に不動産への過剰投資が起こって、これが不良債権化することは珍しくない。通常、金融が緩和された状況下で、不良債権の整理が進み、経済は徐々に回復するはずだ。今回は、世界に影響の大きなアメリカが震源地であることや、「証券化バブル」が事態を増幅していることなどの特徴があるが、これらが一般論からの逸脱の決定的要因になるとは思えない。そう考えると、株式のポジションを持っている人にとって、現在は「我慢のしどころ」だろうし、キャッシュを持っている人にとっては、これからが「買いのチャンス」だ、と考えることができるのではなかろうか。幾つもある仮説の一つにすぎないが、たとえばこのような仮説を立てながら、筆者は、サブプライム問題の現状を見ている。

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