後にも先にも1998年のようなすさまじい円高相場を筆者は体験したことがない

 24年前の1998年も為替が大きく動いた一年だった。2月に一時130円を割り込んだドル/円は3月、4月、5月と上昇を続け、6月には140円を抜け、その後1週間ほどで一気に146円まで上昇。

 8月には147円台ミドルまでドルが買われ、そこでピークアウトし反転、10月にはほんの数日のうちに30円近くも円高が進む目まぐるしさであった。後にも先にも1998年のようなすさまじい円高相場を筆者は体験したことがない。

1998年のドル/円の推移(月足:終値ベース)

出所:石原順

 為替相場がこのように荒い値動きとなった背景には何があったのか。1998年当時の金融、経済環境を簡単に振り返ってみたい。

 国内ではその前年の1997年に北海道拓殖銀行や山一証券などの大手金融機関が相次ぎ経営破綻し、日本の金融システムに対する不安が高まる中、「日本売り」の動きが加速していた。1998年も状況は収束せず、秋には日本長期信用銀行や日本債券信用銀行が経営破綻した。

 日本経済はまさに「金融危機」の真っただ中にあった。多額の不良債権を抱えた金融機関がその処理を急ぎ、銀行本来の業務の一つである企業への融資を控える「貸し渋り」、また融資を引き上げる「貸し剥がし」という言葉がよく聞かれる年となった。

 一方、海外でも経済や金融を取り巻く環境は不安定かつ悪化していた。1997年にはアジア通貨危機が起こり、その余波を受けて経済危機に陥った韓国がIMF(国際通貨基金)からの支援を受け入れるという出来事もあった。

 そして、1998年8月、ロシア政府による通貨の切り下げをきっかけに「ルーブル・ショック」が起き、大手ヘッジファンドであるLTCMが巨額の損失を抱え倒産した。

 急速に進む円安に歯止めをかけるべく1998年4月と6月には政府・日銀による「円買いドル売り」介入が実施された。しかし、多額の介入もむなしく8月には1ドル147円台まで円が売られた。

 その後、ロシア危機、LTCMの破綻、米国経済の先行きに悲観的な見方が急速に広がったことなどから結果的に為替は円高に転じ、10月には1ドル110円前後まで一気に円が買われる動きとなった。

長期のドル/円の推移(月足:終値ベース)

出所:石原順

 ブルームバーグの2月の記事「高インフレで通貨政策は新たな時代、「逆の通貨戦争」とゴールドマン」によると、経済成長を促進するために通貨を押し下げているとかつて批判された中央銀行の総裁らが、今はインフレの脅威と闘うために通貨の押し上げを模索しているようだと論じ、政策当局者らが通貨高をインフレ抑制の手段として見いだしているとして、ゴールドマン・サックス・グループなどウォール街のストラテジストらは「逆の通貨戦争」が起きていると表現していると伝えている。

 つまり、2022年が当時(1998年)と異なるのは米国においてインフレが加速していることである。通貨の上昇は輸入物価を抑制するため、インフレを抑え込みたい米国にとって通貨は強い方が好ましく、つまり、今の米国にとって米ドル高は歓迎すべきものなのだ。

 では「逆の通貨戦争」が起きる中、この先、ドル/円はどこまで上昇するのか。次の節目は145円となるが、そこを超えてくると1998年8月につけた高値147円のミドルはそう遠くはないだろう。さらに次の大木の節目は160円が目安となる。

1989年以降のドル/円相場(月足:高値ベース)

出所:石原順