3.mRNAワクチン関連のみへの投資から、治療薬とmRNA以外のワクチンへの投資を考える
このレポートは、投資分析のレポートなので、医学の分析や医療政策の分析をするつもりはありません。グラフ1、2の数字について、医学的あるいは医療政策的見地から因果関係なし、あるいは因果関係は分からないから、ワクチンには異常なしという見解が各国の保健衛生当局から出たとしても、投資を考える場合には、これだけの異常値が出た場合は、因果関係がある可能性を考える必要があると思われます。
ワクチンは完全ではないので、ファイザー、モデルナともに2回打っても感染する場合はあります。従って、治療薬も重要になります。これについては、重要な動きが出てきました。10月1日、アメリカのメルクは、開発中の新型コロナウイルス感染症経口治療薬「モルヌピラビル」について、重症化の恐れがある患者の入院や死亡のリスクを約50%減らす効果がある、という中間臨床試験結果を公表しました。経口の治療薬が上市されて、感染者の自宅療養が容易になれば、今のようにワクチンだけの対策から、治療薬とワクチン両建ての対策に変化すると思われます。
また、日本の厚生労働省も含めて各国の保健衛生当局は、mRNAワクチンは長期的に健康には問題はないという立場ですが、通常の医薬品の場合、長期間(5~8年程度)の臨床試験を経て承認、上市となっても、上市後に未知の重大な副作用が見つかる場合もあります。副作用が出尽くすのは上市して1~2年たってからという説もあります。新型コロナワクチンの臨床試験の期間は1年未満、本格的に接種が始まってからまだ1年たっていません。ワクチンの長期的な安全性が確認できるのは今後1~2年以上たってからではないかというのが私の意見です。この考え方で投資判断をしています。
この分野では、mRNA以外のタイプの新型ワクチンにも注目したいと思います。現在開発中の新型ワクチンの第一のターゲットはもちろん高い効能(感染、発症予防と発症した場合の重症化防止)ですが、同じ程度に重要なターゲットは安全性です。VAERSのデータはこの分野に携わる企業や関係者は誰もが見ています。また、副反応をもっと軽くできないのかということも重要な課題になっています。
新型コロナワクチンの市場は、アメリカ、EU(欧州連合)各国の接種目標が人口の70~80%なので、日本もこれに準じるとすると、日米EUだけで6~7億人の大市場になります。これと効果的な治療薬を組み合わせると、さらに大きなビジネスチャンスがあると思われます。特に先発組であるファイザー、モデルナの弱点が分かっている後発組に注目したいと思います。
そこで今回は、新型コロナの治療薬、ワクチンの開発を行っている塩野義製薬に注目したいと思います。
表3 新型コロナワクチンの開発企業(日本、上場企業のみ)
4.塩野義製薬
1)塩野義製薬の対新型コロナ戦略
塩野義製薬では、新型コロナの早期終息に向け、次の5段階の取り組みを行っています。
1.流行予測:ウイルスの侵入と発生の傾向を早期に検出する下水疫学調査サービス。
2.予防:遺伝子組み換えタンパクワクチン(S-268019)の開発。
3.診断:抗原検査kit、重症化予測のための「Th2ケモカインTARCkit」、新規迅速診断法。
4.治療:新規抗ウイルス薬(S-217622)の開発。開発候補ペプチドの創製。
5.重症化抑制:asapiprantに関する外部連携。
この中で最も重要な「治療」(新規抗ウイルス薬S-217622)、「予防」(遺伝組み換えタンパクワクチンS-268019)について取り上げます。
2)新規抗ウイルス薬「S-217622」
外来使用が可能な経口薬として開発しています。もともと塩野義製薬は抗ウイルス薬が得意なので開発資源の多くを投入しています。
S-217622はウイルスが体内に入って最初に細胞に接着するところを抑えます。ウイルスが細胞内に侵入した後の増殖サイクルに、プロテアーゼ、ポリメラーゼの2つの酵素が大きな役割を果たしています。いま世界で開発されている経口剤は、この2つの酵素のいずれかを抑えるものになっていますが、S-217622はプロテアーゼを抑えるものです。
プロテアーゼを抑えることで、新型コロナの武漢株だけでなく、α、β、γ、δ、いずれの株に対しても同じように効くことが想定されます。変異株で変異するのはスパイクタンパク質であり、プロテアーゼに変異は起きていないからです。
マウスによる動物実験は良好な結果を得たため、今年7月からフェーズ1に入りました。安全性で大きな問題は起こっておらず良好な結果が得られたため、9月27日からフェーズ2/3試験を開始しました。国内で無症候の感染者と軽症患者、約2,100例の試験を行います。この試験をもって年内に国内申請をしたいという意向です。順調に進めば、国内での販売開始は2022年1-3月期になります。ニーズが高いため、ワクチンに先行して臨床試験を進める方針です。
また、海外向けについてもグローバルフェーズ3の試験準備を進めているところです。
3)新型コロナワクチン「S-268019」
遺伝子組み換えタンパクワクチン(ウイルスのタンパク質[抗原]を、遺伝子組み換え技術で作成し人に投与)です。昨年12月から、安全性と中和抗体価を見るための フェーズ 1/2 を実施していましたが、十分な中和抗体が得られませんでした。そのため、アジュバンド(ワクチンと一緒に投与して、その効果(免疫原性)を高めるために使用される物質)と抗原の組み合わせを変え、新製剤でのフェーズ1/2試験を8月に開始しました。
今のところ重篤な有害事象は発現していないため、今年10月下旬にフェーズ2/3試験(安全性、免疫原性試験)に移行する予定です。次いでフェーズ3として実薬対照中和抗体価比較試験(既存のワクチンとの抗体価比較試験)、ブースター試験、プラセボ対照発症予防試験を計画しています。いずれもグローバル試験です。
試験の終了は2023年に入ってからになる予定です。
今後のワクチンの方向性としては、経鼻ワクチンも検討しています。
なお、会社側の安全性に対する考え方は、mRNA もベクターワクチン(アストラゼネカ)も長期の安全性がどうなってくるかは誰も分からないが、遺伝子組み換えタンパクワクチンは、それを5 年、10年続けたときの安全性は、他のウイルスでの経験である程度以上読めているというものです。
4)業績動向
2022年3月期1Q(2021年4-6月期)は、売上高689.65億円(前年比3.4%減)、営業利益187.94億円(同34.2%減)となりました。親会社の所有者に帰属する当期利益は322.38億円(同31.6%増)でしたが、これは大阪国税局からの税金還付135億円によります。
業績動向は減益基調が続いています。売上高では重要な収益源であるHIVフランチャイズ(抗HIV治療薬のロイヤルティ収入)が288億円(同7.1%減)となりました。実質横ばいでポンド高、ドル安の影響で減収となりました。HIVフランチャイズは四半期ベースでは円ベースで減収が続いています。
また販管費、研究開発費が増加したため、営業減益率が大きくなりました。
2022年3月期通期の会社予想は、売上高2,900億円(同2.4%減)、営業利益900億円(同23.4%減)ですが、今1Q決算でもこれが維持されました。
一方、来期以降に向けては、これまで見てきたような新型コロナ治療薬、新型コロナワクチンをはじめとした新薬のラインナップがあります。これらの開発、上市、販売動向が今後の注目点となります。
楽天証券では、2022年3月期を会社予想と同じ、2023年3月期を新型コロナ治療薬の寄与を見込んで、売上高3,100億円(同6.9%増)、営業利益1,000億円(同11.1%増)と予想します。当面は新型コロナ治療薬と同ワクチンが、2023年3月期~2025年3月期の業績を左右することになると思われます。
表4 塩野義製薬の業績
表5 塩野義製薬:医薬品別売上高
5)今後6~12カ月間の目標株価を9,400円とする
塩野義製薬の今後6~12カ月間の目標株価を9,400円とします。楽天証券の2023年3月期予想EPS (1株当たり利益)325.1円に成長性を考慮して想定PER(株価収益率)25~30倍を当てはめました。リスクはありますが、中長期で投資妙味を感じます。
本レポートに掲載した銘柄:塩野義製薬(4507)