鉄鋼株を買うべきでないと考える4つの理由
業績が非常に好調でも、鉄鋼株を買うべきでないと考える理由が4つあります。
【1】鉄鋼業の世界的な過当競争体質は変わっていない
世界景気が急に良くなったこと、鉄鋼業で過剰能力を有する中国が生産を抑えていることが、鉄鋼市況を上昇させ、空前の鉄鋼ブームを引き起こしています。ただし、中国を中心に世界には依然として過剰設備があり、過当競争体質は変わっていないと考えられます。中国が積極的な増産に転じれば、市況が急落し鉄鋼不況に逆戻りもあり得ます。
鉄鋼業の構造問題として、コスト競争力を高めるには「規模の利益」を追うしかないという問題があります。高炉(鉄鉱石・石炭から鉄鋼を一貫生産する設備)を作るには巨額の設備投資が必要です。高い固定費を抱えながら、コスト競争力でライバルに勝つには、ライバルよりもたくさん生産して変動費を落とすしかないという問題があります。そのため鉄鋼業では、全社が赤字になっても量産をやめようとしないという、泥沼の競争に陥りやすくなっています。
日本製鉄とJFE HDは、そのような世界の過当競争から距離を置いています。体力勝負になりやすい、建設資材などの汎用鋼材はほとんど扱わず、日本の高炉でしか作れない自動車やエレクトロニクス製品向けのハイエンド・スチール(高級鋼材)を中心に生産しています。したがって、世界中が鉄鋼不況になっても、相対的に高い収益力を維持できています。それでも、中国が増産して世界の鉄鋼市況が下落する時は、大きなマイナス影響を受けてしまいます。
【2】第1四半期(4-6月)の利益は「在庫評価益」でかさあげされている
鉄鋼製品と、鉄鋼原料(鉄鉱石・石炭)の価格が急に大きく上昇する時、「在庫評価益」と言われる一時的利益が発生します。価格が急騰する前の安値の原料在庫を使って生産した製品を、高くなった価格で売却できることによって生じる利益です。在庫評価方法で総平均法をとっていることから生じる会計上の利益です。鉄鋼市況が急に大きく上がった時に大きな在庫評価益が発生します。ただし安値の原料在庫がなくなれば出なくなります。日本製鉄の開示資料によると第1四半期で製鉄事業の事業利益が2330億円出ていますが内770億円が在庫評価益です。
鉄鋼市況が急に大きく下がる時は、逆に大きな在庫評価損が出ます。2020年3月期の下期(2019年10月-2020年3月)に日本製鉄は▲3,927億円の純損失を計上していますが、この時は「在庫評価損」が損失を拡大させる要因となっています。
【3】鉄鋼業はCO2排出が大きい
現在の高炉では、鉄鉱石の還元に石炭を使うので、CO2排出量がきわめて増えます。そのため鉄鋼業は、国内製造業が出すCO2の約4割を出す、最大のCO2排出産業となっています。日本製鉄もJFE HDも、脱炭素に向けた構造改革で、水素製鉄の開発やCO2分離回収を行っていますが、すぐにはその効果は出ません。もし、環境税のような形で、CO2排出にペナルティが科せられる時代になると、収益に大きなマイナス影響が及ぶリスクがあります。
【4】脱炭素に向けた構造改革に巨額のコストがかかる
鉄鋼連盟は、2050年に鉄鋼業のCO2排出を実質ゼロとする、という目標を発表しました。その切り札となるのが、水素還元製鉄【注】の開発・採用です。ただし、技術的にきわめて難しく、開発に巨額の年月とコストがかかります。製鉄方法を抜本的に変えるには、巨額の設備投資も必要です。
【注】水素還元製鉄
鉄鉱石を還元するのに石炭(コークス)を使わず、水素を使う製鉄法。高炉では、鉄鉱石(酸化鉄Fe2O3等)から酸素(O2)を分離する(還元する)ことによって、鉄(Fe)を作ります。そこで石炭から作るコークスを利用します。コークスは炭素(C)のかたまりで、鉄鉱石を熱して溶かし、酸素を分離(還元)する際に、大量のCO2を排出します。水素製鉄法では、コークスの代わりに水素を使うので、CO2ではなくH2Oが出ます。ただし、その際に使う熱の供給にエネルギーが必要で、それを自然エネルギー由来の電力でまかなう必要があります。