今日は鉄鋼株について私の考えをお伝えします。今日のレポートは、昨日の海運株レポートと対比してお読みいただきたいと思います。以下が昨日のレポートです。

2021年8月18日「配当利回り8.4%、PER2.8倍:日本郵船に引き続きトレーディング妙味。逃げる心構えも必要」

 結論から申し上げますと、海運株は日本郵船(9101)に投資妙味があると判断しています。ただし、今日お話しする鉄鋼株への投資には前向きになれません。

突然の大ブームに沸く鉄鋼業

 海運株と鉄鋼株は、世界景気回復、海運市況・鉄鋼市況上昇の恩恵を受けて、昨年後半から急激に利益が拡大しました。日本郵船は前期(2021年3月期)純利益が13年ぶりの最高益となり、今期(2022年3月期)も大幅増益で最高益の見通しです。

 日本製鉄(5401)は前期は赤字でしたが、今期(2022年3月期)の純利益(会社予想)が14年ぶりの最高益となる見通しです。JFE HD(5411)も同様に利益が急回復しますが、最高益には届かない見通しです。

 海運業・鉄鋼業とも長い不況のトンネルを抜けた後の、突然の海運ブーム・鉄鋼ブームに沸いて13~14年ぶりの高い利益をあげる見通しです。株価は昨年秋から大きく上昇しましたが、それでもPER(株価収益率)で見て、きわめて低い水準に留まっています。長年の海運不況・鉄鋼不況を通り抜けて、突然高い利益を上げているものの、「こんな良い環境は長続きしない」「いずれ不況に逆戻りするかも」という投資家の不安があって、PERで高く評価できなくなっています。

 日本郵船については、定期船の好調は一般に思われているより長期化すると思っています。したがって、トレーディングベースで投資する価値があると考えています。ただし、鉄鋼ブームは短命に終わる可能性もあるので、鉄鋼株は買うべきと思いません。

 それでは、まず日本の鉄鋼(高炉)大手2社の株価指標をご覧ください。

日本製鉄・JFE HDの株価指標:2021年8月18日時点

コード 銘柄名 株価
(円)
配当
利回り
PER
(倍)
PBR
(倍)
5401 日本製鉄 2,099.5 4.5% 5.2 0.7
5411 JFD HD 1,594.0 4.9% 3.8 0.5
出所:同社決算資料より楽天証券経済研究所が作成。配当利回りは、1株当たり配当金(2022年3月期QUICKコンセンサス予想:日本製鉄95円・JFE78円)を8月18日株価で割って算出。PERは、株価を1株当たり利益(2022年3月期会社予想)で割って算出

 ご覧いただくと分かる通り、予想配当利回りが高くPER・PBR(株価純資産倍率)は低く、株価指標だけで見ると鉄鋼株はきわめて割安に見えます。ただし、後述する4つの理由から、私は鉄鋼株への投資は避けるべきと考えています。

 以下に示す通り、日本製鉄の利益は急拡大しています。JFEも同様に利益が伸びています。

日本製鉄の連結純利益:前期(2021年3月期)と今期第1四半期(2021年4-6月期)実績、および今期会社予想

出所:同社決算資料より作成

鉄鋼株を買うべきでないと考える4つの理由

業績が非常に好調でも、鉄鋼株を買うべきでないと考える理由が4つあります。

【1】鉄鋼業の世界的な過当競争体質は変わっていない

 世界景気が急に良くなったこと、鉄鋼業で過剰能力を有する中国が生産を抑えていることが、鉄鋼市況を上昇させ、空前の鉄鋼ブームを引き起こしています。ただし、中国を中心に世界には依然として過剰設備があり、過当競争体質は変わっていないと考えられます。中国が積極的な増産に転じれば、市況が急落し鉄鋼不況に逆戻りもあり得ます。

 鉄鋼業の構造問題として、コスト競争力を高めるには「規模の利益」を追うしかないという問題があります。高炉(鉄鉱石・石炭から鉄鋼を一貫生産する設備)を作るには巨額の設備投資が必要です。高い固定費を抱えながら、コスト競争力でライバルに勝つには、ライバルよりもたくさん生産して変動費を落とすしかないという問題があります。そのため鉄鋼業では、全社が赤字になっても量産をやめようとしないという、泥沼の競争に陥りやすくなっています。

 日本製鉄とJFE HDは、そのような世界の過当競争から距離を置いています。体力勝負になりやすい、建設資材などの汎用鋼材はほとんど扱わず、日本の高炉でしか作れない自動車やエレクトロニクス製品向けのハイエンド・スチール(高級鋼材)を中心に生産しています。したがって、世界中が鉄鋼不況になっても、相対的に高い収益力を維持できています。それでも、中国が増産して世界の鉄鋼市況が下落する時は、大きなマイナス影響を受けてしまいます。

【2】第1四半期(4-6月)の利益は「在庫評価益」でかさあげされている

 鉄鋼製品と、鉄鋼原料(鉄鉱石・石炭)の価格が急に大きく上昇する時、「在庫評価益」と言われる一時的利益が発生します。価格が急騰する前の安値の原料在庫を使って生産した製品を、高くなった価格で売却できることによって生じる利益です。在庫評価方法で総平均法をとっていることから生じる会計上の利益です。鉄鋼市況が急に大きく上がった時に大きな在庫評価益が発生します。ただし安値の原料在庫がなくなれば出なくなります。日本製鉄の開示資料によると第1四半期で製鉄事業の事業利益が2330億円出ていますが内770億円が在庫評価益です。

 鉄鋼市況が急に大きく下がる時は、逆に大きな在庫評価損が出ます。2020年3月期の下期(2019年10月-2020年3月)に日本製鉄は▲3,927億円の純損失を計上していますが、この時は「在庫評価損」が損失を拡大させる要因となっています。

【3】鉄鋼業はCO2排出が大きい

 現在の高炉では、鉄鉱石の還元に石炭を使うので、CO2排出量がきわめて増えます。そのため鉄鋼業は、国内製造業が出すCO2の約4割を出す、最大のCO2排出産業となっています。日本製鉄もJFE HDも、脱炭素に向けた構造改革で、水素製鉄の開発やCO2分離回収を行っていますが、すぐにはその効果は出ません。もし、環境税のような形で、CO2排出にペナルティが科せられる時代になると、収益に大きなマイナス影響が及ぶリスクがあります。

【4】脱炭素に向けた構造改革に巨額のコストがかかる

 鉄鋼連盟は、2050年に鉄鋼業のCO2排出を実質ゼロとする、という目標を発表しました。その切り札となるのが、水素還元製鉄【注】の開発・採用です。ただし、技術的にきわめて難しく、開発に巨額の年月とコストがかかります。製鉄方法を抜本的に変えるには、巨額の設備投資も必要です。

【注】水素還元製鉄
 鉄鉱石を還元するのに石炭(コークス)を使わず、水素を使う製鉄法。高炉では、鉄鉱石(酸化鉄Fe2O3等)から酸素(O2)を分離する(還元する)ことによって、鉄(Fe)を作ります。そこで石炭から作るコークスを利用します。コークスは炭素(C)のかたまりで、鉄鉱石を熱して溶かし、酸素を分離(還元)する際に、大量のCO2を排出します。水素製鉄法では、コークスの代わりに水素を使うので、CO2ではなくH2Oが出ます。ただし、その際に使う熱の供給にエネルギーが必要で、それを自然エネルギー由来の電力でまかなう必要があります。

日本の鉄鋼業を誇りに思います

 このコラムは日本株の投資判断を述べるものなので、結論として「日本の鉄鋼株は買うべきでない」という判断を伝えました。

 ただし、アナリストの立場を離れ、ひとりの日本人として私は日本製鉄・JFE HDを世界経済の発展に大きく貢献してきた、すばらしい会社だと考えています。人類は、鉄を大量に、高度に活用することで発展してきました。世界最先端の技術を開発し、世界でもっともすぐれた環境技術を使って高炉を運営する日本の製鉄業は、人類の発展に大きな貢献をしてきたと思います。

 CO2を大量に排出することが「悪」とみなされる時代ですから、両社にはいばらの道が待っていると思います。それでも、世界最先端の環境技術に、これからも磨きをかけていくことと思います。非常に困難な水素製鉄の実現にも、多大な貢献をしていくと思います。両社の未来に大いに期待したいと思います。私が本コラムで「鉄鋼株は強い買い推奨」と言える日が来ることを祈っています。