資産7,000万円を達成し、30歳でセミリタイア、FIRE後は移住し、快適な日々を送る

CASE01:穂高唯希さん

▼Profile
社会人1年目に、30代前半でのセミリタイアを計画。給与の8割を高配当株・連続増配株に投資し、金融資産約7,000万円を達成。2019年、30歳にして会社員を辞め、セミリタイアを実現。投資ブログ『三菱サラリーマンが株式投資でセミリタイアを目指してみた』を運営。著書に『本気でFIREをめざす人のための資産形成入門』がある。

[穂高さんのFIREデータ]

■FIREを実現した年齢:30歳
■FIREを実現したときの資産額:約7,000万円
■資金作り方法:高配当株、連続増配当株への全力投資
■現在の収入:文筆業、配当金、農業など

Q FIREを目指そうと思ったきっかけは?

経済的自由を得て人生の選択肢を増やす

 私は大学時代、海外に留学し、多様なものに深く触れました。そして大学卒業後、大手企業に就職しました。

 入社してすぐ、その組織で生きるということは、減点されないようにとがらず、穏当に、”正解”とされる立ち居振る舞いで日々を過ごすことだと感じました。しかし、そういった生き方をするために、今まで生きてきたのだろうか?という疑問も強く感じました。

 留学先で過ごした海外では、価値観も正解も、人それぞれ、多様でした。だから、私にとって、「サラリーマン」という生き方も、あくまで数多ある生き方のうちの1つでしかありませんでした。

 卒業して、いったんはサラリーマンとして経験を積みつつ、「経済的自由を得て生き方の選択肢を増やす」という学生時代からの方向性は堅持し続けようと決めました。かぎりある人生、1日も早く、主体的に生きていこうと考えたのです。ですから、30代前半くらいには、FIREを実現したいと思っていました。

Q 具体的にどんな行動を起こした?

支出を最適化し、高配当株・連続増配株を買い続けた

「経済的自由に向かって着実に歩を進められる方法」を考えた結果、株式の配当金を得る、という方法が適しているという結論に至りました。株式を買って配当金を増やし、配当金が生活費を上回るようになれば、経済的自由を得られると。そこで、月20万円の配当金を得ることを1つの目安に、本格的に投資を始めました。

 その方法は大きく2つです。1つは支出の最適化(私は、切り詰めるイメージの「節約」ではなく、あえてこう呼んでいます)。もう1つは、投資に回せるお金をできるだけ増やし、運用することです。会社員である限り、毎月の収入は決まっています。そのため、この2つを地道に続けることが肝になると確信していました。

 まずは支出の最適化に努めました。コンビニでの買い物は避ける、プールは公共施設を活用する、エレベーターは使わず階段を使う、ペットボトルは買わず水筒を持ち歩く、後悔するような出費はしない…など。

ただし、必要以上に切り詰めることはしませんでした。支出の最適化とは、「自身の価値観に沿ってお金を使う」ことなので、価値を感じるものには出費を惜しまず、価値を感じないものには金銭を投じない。要は、「自分にとってこれは本当に必要なのか」をよく考えるということです。

 そして、残ったお金は株式投資で運用しました。私は、10代の中学時代から投資や為替に興味があり、大学時代はFXもやっていました。リーマンショックで利益を失ってしまったのですが、一時は好調でした(この好調の時期に散財した経験があったからこそ、自分にとって適度で心地よい支出水準がわかったのだと思います)。

 そのため、FXで運用することも考えましたが、過去の経験から、FXでは長期的に安定した利益を積み上げるのは難しいと悟りました。そこで、株式投資、それも売買によって利益を狙う方法ではなく、高配当株・連続増配株をひたすら買い続けて、配当金を積み上げるという方法を選択しました。

 私が主に投資していたのは、米国株です。当時、米国株はまだマイナーな存在で、米国株ブログも非常に少ない時期でした。しかし、図書館で投資関連の本を借りて読んだとき、米国には利益率が高い連続増配株が、日本とは比較にならないくらいたくさんあることを知りました。そこで、米国株中心のポートフォリオを組みました。

Q 途中で挫折しかかったことは?

1日でも早く経済的自由を得たいという気持ちが強かった

 FX、あるいは株式の短期取引などで資産を増やそうとしていたら、着実に経済的自由へ歩を進められている感覚は得られなかったと思います。高配当株・連続増配株をひたすら買い続けるという手法は、私にとって、モチベーションが途切れにくく、続けやすく、経済的自由へ着実に近づいている実感を得られる仕組みでした。業績が悪化すると配当金を減らす企業もありますが、当時は大きな経済ショックもなく、長期にわたって増配を続けている銘柄を中心に保有していたこともあり、配当金は着々と増えていきました。

 もちろん、一時的に株価が下落し、評価額が下がることもありました。しかし、長期投資をするということは、「この先も持ち続けていれば、いずれ上昇に向かうというシナリオに賭ける」ことなので、焦って売ることはしませんでした。1日でも早く経済的自由を達成したいという思いが強かったので、途中で挫折したり歩みを止めることは考えられませんでした。

Q 会社を辞めるとき、迷わなかった?

お金は取り戻せるが、時間は取り戻せない

 退職を迷った時期もありました。あと1年続ければ、さらに資産は増え、その後の生活もより盤石になると思った時期もありました。しかし、お金は失っても取り戻せますが、時間は一度過ぎたら取り戻せない。お金よりも時間の方が、私にとってははるかに大切なので、退職を決断した時には、迷いはありませんでした。

 それに私には、「画一的な日本の社会に一石を投じたい」という思いがありました。生き方や価値観はさまざまで、人によって、いろんな生き方や人生観があってよいと思います。20代で経済的自由を得て、あとは主体的に人生を描く象徴となる対象が、日本に一人くらいいてもいい。私は、それを、身をもって証明したかった。30歳FIREは、そういう意味でもキリが良かったのかもしれません。