人間社会から悲劇はなくならない。何を受容し、何をブロックすべきか?

 社会にはさまざまな悲劇があります。例えば以下は、交通事故による負傷者・死亡者数です。

日本国内の交通事故による負傷者・死亡者数:2015年~2019年

出所:警察庁

 交通事故で、毎年これだけ多数の人が負傷、死亡しています。それでも、「人の命が大切だから自動車の使用を全面的に禁止すべき」という声は出てきません。利便性や経済を犠牲にすることはできないので、交通事故によって起こる悲劇は受容しなければならないという社会的コンセンサスが出来上がっているからです。

 また、毎年、多数のお年寄りが餅をのどに詰まらせて死亡していますが、「餅の生産を禁止すべき」という議論は出てきません。餅は日本の伝統的食べ物で、禁止できないという社会的コンセンサスがあるからと考えられます。

 そもそも社会からすべての悲劇をなくすことはできません。何を受容し、何を完全にブロックするか、選別せざるを得ない悲劇がたくさんあります。「新型コロナウイルスだけ特別視していつまでも経済封鎖を続けるわけにいかない」という考え方が欧米に出つつあります。ロックダウンによる経済の落ち込みが深刻になればなるほど、そう考える人が増えてきています。