北朝鮮リスクの行方

 先週は、9月9日(土)の北朝鮮建国記念日を控え、地政学リスクが高まる懸念から、ドル円は10カ月ぶりの107円台に下落し、年初来安値となる107.32円を付けました。しかし、当日には何事も起こらず、また、ハリケーン「イルマ」の勢力も弱まったことから、週明けのシドニー市場でギャップオープンしました。つまり、先週8日の金曜日のニューヨーク市場終値は107.85円でしたが、週明け月曜日のシドニー市場では108.10円近辺でオープンしました。

 しかし、まだこの時点では国連安全保障理事会の制裁決議内容は確定しておらず、もし制裁が強硬な内容であれば、北朝鮮が対抗して行動を起こすのではないかという懸念が残っていたため、ギャップ幅も小さく、オープン後も鈍い円安の動きでした。

 ところが、原油全面禁輸を撤回することが事前に伝わると、北朝鮮リスクは後退したとの思惑から、本格的にドルの買い戻しが起こりました。

 ドル円は一気に買い戻され、109円台半ばまで上昇しました。

 さて、採択された制裁決議は、米国が中国、ロシアに大きく譲歩した内容となりました。北朝鮮が9月9日に行動を起こさなかったのは、水面下でこの制裁内容の修正交渉が進んでいたからかもしれません。

 下表の通り、北朝鮮との貿易取引は92.5%(60億5,600万ドル)が中国との取引のため、実質的には中国と米国との水面下での交渉だったということになります。

 今回は米国が制裁内容を譲歩していったん落ち着きましたが、北朝鮮リスクは今後も高まることが予想されるため、北朝鮮の基本情報を下記の通りまとめました。

 外務省ウェブサイトの情報や報道がベースに、そもそも推計値が多いため、あくまで参考資料ですが、今後の為替予想に役立つ情報を念頭に、まとめました。

表1 北朝鮮の基本情報

表2 北朝鮮の貿易相手国(2016年)

表3 北朝鮮の輸出入額(2016年)

 今回の制裁決議のポイントは下記のようになります。

(1)北朝鮮の命脈を断つ原油の全面禁止が撤回され、現状維持

(2)金正恩委員長の渡航禁止、資産凍結は今回見送り

(3)核ミサイル開発の資金遮断のため、外貨収入源の締め付けを強化

 北朝鮮の主要輸出品である衣類など繊維製品を全面禁輸(石炭、鉄鉱、魚介類は8月5日に決議)

(4)出稼ぎ労働者の新規就労許可を禁止するが、現状の出稼ぎ労働者の就労は維持

 (3)、(4)は少し説明が必要となります。今回の制裁決議で衣類(7.26億ドル)を輸出禁止としたことから、8月5日に制裁決議採択された石炭、鉄鉱、魚介類と合わせると、ほとんどの輸出品目が禁止となるため、北朝鮮にとってはかなりの外貨収入源を抑えることになることがわかります。

 一方で、出稼ぎ労働者による外貨収入は現状維持としました。北朝鮮の出稼ぎ労働者は推計で14万7,000人と言われています。出稼ぎ労働者は年間収入の7,000ドルを国家に納めるルールがあるとして、単純計算で約10億ドルが北朝鮮の外貨収入となります。

 上表にある輸出額28.21億ドルと輸入額37.26億ドルの差額、いわゆる貿易赤字は約9億ドルで、この貿易赤字は出稼ぎ労働者の外貨稼ぎで補っていたことが想像できます。
 この出稼ぎ労働者の就労を全面禁止となると、北朝鮮はかなり反発することが予想されます。場合によっては、「窮鼠(きゅうそ)、猫を噛(か)む」という事態になりかねません。さすがに、この状態になることを米中は避けたかった思惑があったのかもしれません。

 しかし、今回の制裁が決議通り実行されるのであれば、北朝鮮の経済状況をジワジワと締め付けていくことになりそうです。そうなれば、いつか北朝鮮が反発することも予想され、いったん収まったかのように見える北朝鮮リスクは再燃するかもしれません。北朝鮮リスクはまだ続いていると見たほうがよさそうです。

フィッシャーFRB副議長の辞意表明

 先週、ドル円は107円台を付けましたが、高まる北朝鮮リスクの影響だけではなく、もうひとつの驚くべきニュースが背景にあると考えています。

 それは9月6日、FRB(連邦準備制度理事会)のフィッシャー副議長が突然辞意を表明したことです(本来の任期は2018年6月12日まで)。

 フィッシャー氏の辞任によって、金融政策を決める投票権を持つ議長、副議長ら理事7人のうち、4人が欠員となる異常事態となります。イエレンFRB議長も来年2月までで任期切れとなるため、FRBの政策運営に不透明感が増すとの見方から、ドル円は売られました。

 しかし、このときは米国の「債務上限引き上げ合意」報道に、この衝撃的なニュースは打ち消されました。しかし、フィッシャー氏は利上げ積極派で、これまでの引き締め政策を推進してきた影の議長と言われてきた人物です。フィッシャー氏の辞任によって利上げ慎重派が優勢になる可能性があり、またハリケーンの災害復興で利上げしにくい環境になっていることから、イエレン議長が目指す緩やかな利上げは、かなり後退する可能性が出てきました。

 このシナリオはジワジワとドル円の売り圧力になる可能性があります。

 中央銀行の理論的支柱の一人であるフィッシャー氏の教え子には、バーナンキ前FRB議長やECB (欧州中央銀行)のドラギ総裁などそうそうたるメンバーがいます。これらの名前を聞くだけでも、衝撃度がわかります。

 現在73歳のフィッシャー氏の辞任の理由は「一身上の都合」としていますが、真相はわかりません。辞任時期は10月13日ごろと言われていますが、イエレン議長の後任人事も含め、今後のFRBの人事にも注視しておく必要があります。後任人事によっては、北朝鮮リスクの一時的な円高圧力よりも長期的に効いてくる可能性があります。

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