個人の中の金に寄せる願望的な幻想は、数千年の歴史によって育まれた

 足元の金価格は、国内外ともに歴史的な高値水準にあります。以下のグラフは、国際的な金価格の指標であるNY(ニューヨーク)の金先物価格と、国内地金商の税抜小売価格(月間平均)の推移を示しています。

※1978年10月を100として指数化
出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)および国内地金商のデータをもとに筆者作成

 現在、NY金先物はおよそ6年5カ月ぶりの高値水準、国内金小売価格はおよそ40年ぶりの高値水準で推移しています。

 以下は以前の高値続く金!先週浮上した、金価格を揺さぶる新材料とは!で説明した、筆者が考える足元の金相場の変動要因を一部改変したものです。

出所:筆者作成


 複数の変動要因が同時に発生していることが、歴史的な高値水準で推移していると筆者は考えています。

 世界にはさまざまな金の買い手がいます。例えば図の変動要因の(2)に書いた中央銀行は、何か予期せぬリスクが発生する可能性がある場合、銀行の銀行として自国をリスクから守るために金の保有高を増やすことがあります。また、多くの人たちから資金を集めて長期的に運用益を出し続ける責を負う年金基金などの機関投資家、市場を問わず短期的な利益を目的として機械的に運用を繰り返す投機筋は主に(3)や(4)の意味で金を保有します。

 同じ金を保有する行為であっても、立場が違えば、金を保有する目的は必ずしも同じではありません。では、例えば“個人”はどのような目的で金を保有するのでしょうか?

 個人投資家の存在は日本でも世界全体でも、年々その存在感が増していると筆者は感じています。その個人投資家の中でも、中央銀行のように自分を守る意味で金を保有する人もいれば、年金基金のように異なる複数の投資商品の損益を通算しながら長期的な視点で利益を出すことを目的として、資産の一部に金を組み入れる形で保有する人もいます。

 また、資金効率が比較的高い、レバレッジが効いた手法で金の取引をし、投機筋のように短期的に収益を上げることを目的として金を保有する人もいます。一口に、金の取引をする個人投資家、といっても目的はさまざまです。目的を特定せず、さまざまな目的で金を保有するのが、個人投資家だと言えます。

 また、“個人”においては、金の宝飾品や仏具、コインなどを購入して金を保有する場合があります。このような行為は、現金化しやすいというメリットを確保しながら、身を飾る、税金対策、所有欲を満たすなど、投資をメインとしない金の保有のといえます。

 つまり、“個人”にとって、金は投資対象であり、保有対象でもあるわけです。株式などと違い、投資家でなくとも、ほとんど誰でも個人には金を保有する機会があります。このような個人の金の保有は、人類が金と出合った数千年前から行われてきました。

 歴史的に、個人は金に魅了され、金を価値のあるものだと考えてきました。その魅惑的な輝きに魅了されて、金を富の象徴とみなし、権力を欲する者は金を集めることに躍起になりました。個人が手にし得るコインや小判など小口の金は、価値のあるお金として世界の主要都市で流通し、個人レベルの商取引を飛躍的に効率化・活性化させました。

 それでいて、金は五輪プール数杯分しか掘られておらず比較的希少。加工しやすく電気をよく通し、火事になっても価値が保たれ、投資の対象として見れば、株価やドルが下がる時に価格が上がりやすく、世界が不安定な時に注目が集まる特徴もあるわけです。

 金はいつの時代も個人の身近にあり、なおかつ、個人が常に一目置いて一定の価値を付与してきた存在だったと言えます。人類と金が出合ってから現在まで、数千年間、このような状態が続いてきたわけです。長い年月をかけて、個人の中には「金には価値があるものだ」という、ある種の思い込みが育まれたと考えられます。

 世界中の個人の頭の中には、金に対し、価値があるものだ、価値があるべきだ、価値がなくては困る、などの “願望的な幻想”(“もんだ”論・“べき”論など、思いの押し付け)が存在すると筆者は考えています。

 高度に経済が発達した現代においてもなお、個人の中には、危険が降りかかってきても、金があれば大丈夫、という願望的な幻想が根強く存在し続け、リスクが発生して有事ムードが強まれば、個人の頭の中で金への願望的な幻想が動き出し、半ば(というよりもほぼ)反射的に、金を保有するという行為が行われていると考えられます。

 中央銀行の役人も、機関投資家の運用担当者も、投機筋のディーラーも、AI(人工知能)以外は人間(個人)が取引を行っているため、本質的には、金に願望的な幻想を抱く個人の取引と変わりはないと言えます。

 そのAIでさえ、過去、個人が願望的な幻想で金を買った記録を参照してできているのであれば、そのAIもまた、個人の願望的な幻想の尾を引いていると言えます。このような、歴史が育んだ世界規模の個人の中にある金をめぐる願望的な幻想は、見えない金価格の下支え要因なのだと筆者は考えています。