国内外の金相場は引き続き、記録的な価格水準で推移しています。今回は、この金相場の推移と、ラグビー世界杯の優勝チームに贈られるトロフィーについて書きます。
日本ラグビー代表、初のベスト8進出。世界杯優勝トロフィーは時価およそ36万円?
先日開催され、ついに南アフリカ共和国が勝利したRWC(ラグビーの世界戦)。日本代表は歴史的な快進撃を見せ、初のベスト8入りを果たしました。
優勝国である南アフリカ共和国に贈られるトロフィーは、実は、サッカーの世界杯と同様、大会会開催の数年前より、世界中を駆け巡っていました。
今大会のトロフィーのツアーは、2017年11月に英国を出発し、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ諸国、チリ、ウルグアイ、アルゼンチンなどの南米諸国、中国、フィリピン、インドなどのアジア諸国、そして南アフリカなどを巡回しました。そして2019年6月、ツアーの終着点、大会の開催国である日本に到着しました。
日本に到着してからは、富士山山頂や大会開催都市など、20カ所以上を巡りました。
展示が行われるたびに、トロフィーの名前が“ウェブ・エリス・カップ(Webb Ellis Cup)”であること、その名前の由来、そしてトロフィーの重さや高さなどの仕様が何度も報じられました。
もともと、ラグビーというスポーツは、ロンドンの北西およそ130キロにある“ラグビー”という街にあるイングランドで最高峰、英国最古のパブリックスクールと呼ばれる“ラグビー校(Rugby School)”で生まれたと言われています。この学校は、世界の名だたる名門校に生徒を送り込む英国屈指の進学校といわれ、日本の中学生にあたる年代の生徒が通う男女共学の学校です。
1823年、この学校の生徒だった男の子でトロフィーの名前であるウェブ・エリス少年がフットボールの最中に、手でボールを持ち、走り出したと言われ、この出来事が、ラグビーの起源とされています。この出来事の主人公であるウェブ・エリス少年は、後にラグビーの創始者と呼ばれるようになり、優勝トロフィーの名前になりました。
このような由来をもつ優勝トロフィーについて、各種資料によれば、純銀製で、金箔で覆われている(純金がメッキしてある)と書かれています。高さは47.2センチメートル(38センチメートルとする資料もある)、過去の優勝チーム名が刻まれている台座を含めると重さは4.5キログラムとされています。
筆者が以前に書いた、「メダルラッシュに沸く冬季五輪をコモディティの視点で眺めると…」「トロフィーの値段は2,000万円!?13年で3倍、その変化から金相場を探ろう」や、「五輪金メダルの物質的価値の変化が示す、円建て金相場を見る上での留意点」で、五輪メダルやサッカー世界杯の優勝トロフィーについて、その物質的価値を推計してきました。
今回もそれらにならい、以下より、RWCの優勝トロフィーの物資的価値を推計します。
高さについて、47.2センチメートルとする資料と38センチメートルとする資料があります。筆者は物質的価値を推計する上で、この資料間の高さの差を“台座”の分と仮定しました。過去の大会の模様を伝える写真で、優勝チームのメンバーが、台座がないトロフィーを掲げている複数のシーンを確認することができます。台座は明らかに脱着式であり、台座ありのなしで高さが変化するため、2通りの高さを示すデータが存在するのだと考えました。
また、重さについては“台座を含み”4.5キログラムとされています。台座は、複数の過去の優勝国を書いた板状のものを張り付けることができる、湿度や気温、気圧などに左右されずにトロフィー本体をしっかり支えることができる、などの台座として必要な条件を考慮すれば、プラスチック製である可能性が高いと思われます。
台座がプラスチック製だとすれば、銀や金などの金属を含んでいないことになるため(見た目上、純金のメッキも施されていない)、価値としては大きなウェイトを占めるものではないことから、物質的価値を考える上で、台座は考慮しないことにしました。また、プラスチック製、高さが9.2センチメートル程度という条件から、(筆者の完全な推測ですが)台座の重さを500グラム(本体を4,000グラム)と仮定しました。
メッキの程度については、純銀製のメダルに6グラム以上の純金をメッキすることになっている五輪の金メダルを参考にしました。東京五輪(2020年)の金メダルは550グラムの銀メダルに6グラムの純金をメッキして作ることになっています。
およそ4,000グラムとしたRWCのトロフィーの本体部分は、銀メダルで換算すると7.27個(4,000グラム÷550グラム)となるため、メダルおよそ7.2個分と考えます。
純金メッキを施す面積については、報じられている東京五輪(2020年)メダルのサイズを参考にしました。(直径8.5センチメートル、厚み1.21センチメートル)
メダル1個を1つの円柱とし(底面積56.7平方センチメートル×高さ1.21センチメートル)、これを7.2個重ねた円柱の表面積(底面積56.7平方センチメートル×2 + 底円の円周26.69センチメートル×高さ8.7センチメートル)を、純金メッキを施す面積とします。
この円柱の表面積は、メダル1個あたりの表面積(底面積56.7平方センチメートル×2 + 底円の円周26.69センチメートル×高さ1.21センチメートル)の2.37倍にあたるため、純金メッキとして、6グラム(金メダル1個あたりに用いられる数量)×2.37倍→14.24グラムの金が使用される計算になります。
仮に、金価格を5,730円/グラム、銀価格を70.0円/グラムとすれば、RWCの優勝トロフィーの本体部分の物質的価値は、純金メッキ部分がおよそ8万1,600円(14.24グラム×5,730円/グラム)、本体の銀の部分がおよそ27万7,000円(550グラム/個×7.2個×70.0円/グラム)、合計でおよそ35万8,600円と推計されます。
これらは、RWCの優勝トロフィーの純金のメッキが東京五輪(2020年)と同じ程度で施され、台座がプラスチック(銀や金を用いていない)かつ重さが500グラムの場合の筆者の推計です。また、台座部分との連結部分が空洞になっており、空洞の内側にメッキが施されていなければ、メッキ用として用いられている金の量は推計よりも少なくなる(トロフィーの物質的価値が推計よりも下がる)可能性があります。
個人の中の金に寄せる願望的な幻想は、数千年の歴史によって育まれた
足元の金価格は、国内外ともに歴史的な高値水準にあります。以下のグラフは、国際的な金価格の指標であるNY(ニューヨーク)の金先物価格と、国内地金商の税抜小売価格(月間平均)の推移を示しています。
現在、NY金先物はおよそ6年5カ月ぶりの高値水準、国内金小売価格はおよそ40年ぶりの高値水準で推移しています。
以下は以前の「高値続く金!先週浮上した、金価格を揺さぶる新材料とは!」で説明した、筆者が考える足元の金相場の変動要因を一部改変したものです。
複数の変動要因が同時に発生していることが、歴史的な高値水準で推移していると筆者は考えています。
世界にはさまざまな金の買い手がいます。例えば図の変動要因の(2)に書いた中央銀行は、何か予期せぬリスクが発生する可能性がある場合、銀行の銀行として自国をリスクから守るために金の保有高を増やすことがあります。また、多くの人たちから資金を集めて長期的に運用益を出し続ける責を負う年金基金などの機関投資家、市場を問わず短期的な利益を目的として機械的に運用を繰り返す投機筋は主に(3)や(4)の意味で金を保有します。
同じ金を保有する行為であっても、立場が違えば、金を保有する目的は必ずしも同じではありません。では、例えば“個人”はどのような目的で金を保有するのでしょうか?
個人投資家の存在は日本でも世界全体でも、年々その存在感が増していると筆者は感じています。その個人投資家の中でも、中央銀行のように自分を守る意味で金を保有する人もいれば、年金基金のように異なる複数の投資商品の損益を通算しながら長期的な視点で利益を出すことを目的として、資産の一部に金を組み入れる形で保有する人もいます。
また、資金効率が比較的高い、レバレッジが効いた手法で金の取引をし、投機筋のように短期的に収益を上げることを目的として金を保有する人もいます。一口に、金の取引をする個人投資家、といっても目的はさまざまです。目的を特定せず、さまざまな目的で金を保有するのが、個人投資家だと言えます。
また、“個人”においては、金の宝飾品や仏具、コインなどを購入して金を保有する場合があります。このような行為は、現金化しやすいというメリットを確保しながら、身を飾る、税金対策、所有欲を満たすなど、投資をメインとしない金の保有のといえます。
つまり、“個人”にとって、金は投資対象であり、保有対象でもあるわけです。株式などと違い、投資家でなくとも、ほとんど誰でも個人には金を保有する機会があります。このような個人の金の保有は、人類が金と出合った数千年前から行われてきました。
歴史的に、個人は金に魅了され、金を価値のあるものだと考えてきました。その魅惑的な輝きに魅了されて、金を富の象徴とみなし、権力を欲する者は金を集めることに躍起になりました。個人が手にし得るコインや小判など小口の金は、価値のあるお金として世界の主要都市で流通し、個人レベルの商取引を飛躍的に効率化・活性化させました。
それでいて、金は五輪プール数杯分しか掘られておらず比較的希少。加工しやすく電気をよく通し、火事になっても価値が保たれ、投資の対象として見れば、株価やドルが下がる時に価格が上がりやすく、世界が不安定な時に注目が集まる特徴もあるわけです。
金はいつの時代も個人の身近にあり、なおかつ、個人が常に一目置いて一定の価値を付与してきた存在だったと言えます。人類と金が出合ってから現在まで、数千年間、このような状態が続いてきたわけです。長い年月をかけて、個人の中には「金には価値があるものだ」という、ある種の思い込みが育まれたと考えられます。
世界中の個人の頭の中には、金に対し、価値があるものだ、価値があるべきだ、価値がなくては困る、などの “願望的な幻想”(“もんだ”論・“べき”論など、思いの押し付け)が存在すると筆者は考えています。
高度に経済が発達した現代においてもなお、個人の中には、危険が降りかかってきても、金があれば大丈夫、という願望的な幻想が根強く存在し続け、リスクが発生して有事ムードが強まれば、個人の頭の中で金への願望的な幻想が動き出し、半ば(というよりもほぼ)反射的に、金を保有するという行為が行われていると考えられます。
中央銀行の役人も、機関投資家の運用担当者も、投機筋のディーラーも、AI(人工知能)以外は人間(個人)が取引を行っているため、本質的には、金に願望的な幻想を抱く個人の取引と変わりはないと言えます。
そのAIでさえ、過去、個人が願望的な幻想で金を買った記録を参照してできているのであれば、そのAIもまた、個人の願望的な幻想の尾を引いていると言えます。このような、歴史が育んだ世界規模の個人の中にある金をめぐる願望的な幻想は、見えない金価格の下支え要因なのだと筆者は考えています。
なくならない「共同幻想」が、今後の長期的視点における強力な金価格の下支え要因
“願望的な幻想”は、「共同幻想」と言い換えられます。ざっくり言えば“大衆の思い込み”と言えます。
共同幻想が膨張し、大きな社会現象が起きたことがありました。オイルショック(1973年ごろ)の時に発生した、トイレットペーパーの買い占め騒動も、その一つだと筆者は考えています。これは共同幻想の中でも“大衆の壮大な勘違い”にあたると思います。
中東戦争激化 → 原油価格が急騰 → トイレットペーパーの製造工程で、紙を乾かす際に用いる重油のコストが上昇 → トイレットペーパーの生産量が減少・品薄になる懸念が生じる → 多くの人たちが品不足になる前に購入するべきと考える → お客が殺到・店頭からトイレットペーパーが消える、という流れでした。
実際にはトイレットペーパーの生産量は減少しなかった(むしろ増えた)という話もありますが、それでも店頭からトイレットペーパーが消えたわけです。多くの人が、“原油価格が上昇すればトイレットペーパーが品薄になる”と、強く思い込んだ共同幻想の例と言えます。
多くの個人が願望的な幻想を共有する(共同幻想を抱く)ことで、大規模な社会現象が起きるわけですが、金に価値があるという話そのものが、歴史が育んだ世界規模の金に関わる共同幻想なのだと筆者は思います。
もし、金が共同幻想の上に存在しているのであれば、多くの個人が金に価値があると思い込んでいるうちは、金の価格は下がらないのでしょうか? そしてその共同幻想はなくなることはないのでしょうか?
本レポート前半で書いたRCWの優勝トロフィー、それ以外にも、サッカー世界杯の優勝トロフィー、五輪の金メダルなど、世界規模の大会で勝者の栄誉を称える時には必ずと言ってよいほど金が用いられます。
銀製のトロフィーの一部や、銀製のメダルの全体にわざわざ純金をメッキし、金色のトロフィーやメダルに仕立てあげるわけです。このことは、世界最高の栄誉をたたえるには金がふさわしい、金が必要である、金にしかその役割は担えない、最高の栄誉と同等の価値があるものは金だ、などと世界中の個人が思い込んでいることの現れだと思います。
優勝トロフィーや金メダルが金色であるのは、長い歴史の中で、世界中の個人に“金に価値がある”という共同幻想ができたためだと筆者は考えています。
仮に、世界規模の大会の優勝者に贈られるトロフィーが金色でなくなれば、金に関わる人類の壮大な共同幻想が終わったと言えるかもしれません。しかし、現在の優勝トロフィーの色が示す通り現在も共同幻想は継続中であり、リスクが絶えない昨今、個人の金への関心は低下しない、つまりそう簡単には共同幻想は終わることはないのだと思います。
金価格は、超長期的な視点で見れば、今後も共同幻想に支えられ続けるのだと思います。
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