• 金メダルが“実質的に銀メダル”であることはオリンピック憲章による定め
  • ソウル五輪当時とロンドン五輪当時では、金市場に大きな変化が生じている
  • 金の物質的価値(価格)の推移に為替が大きく関わるようになった

 

2016年8月16日午前8時(日本時間)時点で、日本がリオ五輪で獲得した金メダルの数は6個となっている。

 

一般社会に、連日のように、テレビやインターネット、新聞を通じて金色に輝く金(ゴールド)が露わになることもあり、この金メダルを情報配信の題材にすることは、コモディティ関連の情報を配信する者として、4年に1度の決まりごとのようになっている。

本レポートでは、すでにご存じの読者の方も多いかと思うが金メダルの正体(成分)を述べた後、過去に行われた2つのオリンピックで授与された金メダル(例としてソウル五輪とロンドン五輪)を例に、当時の貴金属相場を当てはめ、日本人金メダリストのメダル(円建て)と米国人金メダリストのメダル(ドル建て)の物質的価値が、2つの大会それぞれでその後どう変化したかについて述べている。

そしてその結果を元に、1988年(ソウル五輪)前後と2012年(ロンドン五輪)前後では、円建て金とドル建て金の価格の関係に異なる点が見られ、その相違点の要因を、金相場に対するドル円の寄与度が上昇したことであると推測している。

金メダルが“実質的に銀メダル”であることはオリンピック憲章による定め

JOC(日本オリンピック委員会)のウェブサイトに記載されているとおり、大会で授与されるメダルにはルールがある。要旨は以下のとおりである。

  • 1位、2位のメダルは「銀製」
  • 1位のメダルは少なくとも6グラムの純金によるメッキが施されていることが必要

つまり、金メダルは実質的には銀メダルであるということである。

金メダルが純金でない理由は諸説ある。

開催国のメダルを作成する際の負担(コスト)を軽減すること、純金の場合、金の特性上強度がさほどなくメダルの形状を維持できない可能性があること(メダルをかじるパフォーマンスが見られるが、メダルが純金の場合、歯型が付くおそれがあると言われている)、および、金メダリストのセキュリティ上の問題などである。

実際に過去の夏の大会で、数度、金メダルに純金メダルが採用されたことがあったようだが、永続化しなかったのは上記のような理由があったものと思われる。

以下はリオ五輪で採用されている金メダルの成分と物質的価値の推計である。重さはおよそ500グラムとされている。

図:リオ五輪で採用されている金メダルの成分イメージ

出所:各種報道機関の情報を元に筆者作成

92%以上が銀であり、金メダルは実質的に銀メダルであると言えよう。銅を混ぜているのは、腐食防止や硬度を上げるなどの目的があるものと思われる。

図:リオ五輪で採用されている金メダルの成分イメージ

出所:各種報道機関の情報を元に筆者作成

実際の価格を当てはめた試算では、およそ60,946 円 / 個(金4,469 円/グラム、銀67.0 円/グラム、銅0.54 円/グラムで計算)となった。

仮に純金であった場合、4,469円×500= 約223万円 / 個となり、上記のおよそ37倍にもなる。リオ五輪ではおよそ800個の金メダルが作られたとされるが、その全てが純金であったならば、17億8,760万円にものぼる。(60,946 円 / 個の場合、800個で約4,900万円)

ソウル五輪当時とロンドン五輪当時では、金市場に大きな変化が生じている

以下は、過去に行われた2つのオリンピックで授与された金メダル(ソウル五輪とロンドン五輪)の、当時の相場を元にした物質的価値の試算である。

日本人金メダリストのメダル(円建て)と米国人金メダリストのメダル(ドル建て)の物質的価値が4年後にどのように変化したかについて述べている。

ソウルオリンピックの金メダルの重さ・・・約150グラム
金 約6グラム
銀 約144グラム

ソウル五輪では、競泳やレスリングで日本人選手が、陸上などを中心に米国人が金メダルを獲得した。

その当時(1988年8月頃)の金と銀の相場と、採用されたメダルの規格(重さ・成分)を元に試算したところ、およそ円建てでは15,300円/個、ドル建てでは114.5ドル/個となった。

そして、その4年後、これらの円建て・ドル建てともにメダルの物質的価値は、ともにおよそ27%減少することとなった。

また、以下はロンドン五輪の例である。

ロンドン五輪では、体操やボクシングなどで日本人選手が、陸上・水泳などを中心に米国人が金メダルを獲得した。

ロンドンオリンピックの金メダルの重さ・・・約410グラム
金 約6 グラム
銀 約379 グラム
銅 約25 グラム

ソウル五輪の例と同様に、その当時(2012年8月頃)の金と銀の相場と、採用されたメダルの規格(重さ・成分)を元に試算したところ、およそ円建てでは55,700円/個、ドル建てでは711.7ドル/個となった。

その4年後、これらのメダルの物質的価値は、円建てではおよそ6%の下落、ドル建てではおよそ28%の下落となり、ソウル五輪後の4年間と異なり、2つのメダルの物質的価値の推移は食い違う格好となった。

このように食い違う格好となったのは、一つの仮説にすぎないが、金相場にて、円建てとドル建ての価格の関係に変化が生じたことが要因であると考えられる。(金メダルの製造コストの半分は金が占めていること、および金相場が銀相場を先導する傾向があることなどから本レポートでは金相場の変動のみに着目している)

金の物質的価値(価格)の推移に為替が大きく関わるようになった

2つの五輪大会が行われた時期の金相場は以下のとおりである。

図:円建て金・ドル建て金の推移
(円建て金(左 単位:円/グラム)・ドル建て金(右単位:ドル/トロイオンス)の価格推移)

出所:TOCOM・CMEのデータより楽天証券作成

ソウル五輪後の金価格は、円建て・ドル建て、ともに緩やかに下落している。これは上述の金メダルの物質的価値が「ともに」目減りしたことと一致する。

一方、ロンドン五輪後の金価格においては、円建てとドル建てで異なる動きを見せている。この異なる動きが、ロンドン五輪の金メダルにおいて円建てとドル建てのその後の物質的価値の推移に食い違いを生じさせた主因であると思われる。

食い違いが生じた点については、これらの2つの金価格の推移にドル円の動きを考慮することである程度説明できると考えている。

図:円建て金・ドル建て金、およびドル円の推移
(円建て金(左 単位:円/グラム)・ドル建て金(右単位:ドル/トロイオンス)の価格推移)

出所:TOCOM・CME等のデータより楽天証券作成

(1988年のソウル五輪を含む)2000年代前半まではドル円が大きく動いたとしても、円建て金とドル建て金の価格推移の関係にはさほど大きな変化は見られなかった。

この頃、基本的に円建て金はドル建て金の動きに倣い、ドル円が主な変動要因にはならない傾向があったように思われる。その上で、ドル円が円建て金価格に及ぼす影響は、ドル円が円安方向に進めば、(円建て金は)ドル建てよりも強含む、ドル円が円高方向に進めば、(同)ドル建てよりも弱含むというものであった。

一方、(2012年のロンドン五輪を含む)2000年代後半以降は、ドル円が急変した時(上図のパターン1および5)、円建て金とドル建て金は、逆の動きとなっていることが分かる。

急激にドル安/円高が進めば、ドル建て金はドル安に、円建て金は円高に反応する(急激にドル高/円安が進めばドル建て金はドル高に、円建て金は円安に反応する)傾向があるように思われる。

このことより、「ドル円が急激に動く時」、円建ての主な変動要因は“ドル建て金の変動からドル円の動きへと変化している”と考えることができよう。

これは、この時期以降、金相場の為替への感応度が高まったことが要因であると思われる。為替への感応度が高まった背景には、金(ゴールド)のグローバル化の進展、が上げられよう。

  • 金のETFの登場によって証券化されたことでさらにグローバルな投資商品となったこと
  • 多種多様な地政学的リスクの高まりによって金への世界的な関心がさらに高まったこと
  • 各国の金融緩和・通貨安競争でグローバルな投資資金が金市場へ流出入するようになったこと
  • 通貨不安を抱える国が増加して世界中で金への関心が高まってきていること
  • 新興国や中央銀行の金需要の増加などが進んでいること

金(ゴールド)はこうしたグローバル化の進展により世界中で投資対象としての地位を向上させ、同じグローバルに取引されている為替の変動とこれまで以上に密接に結び付くようになり、その結果、金の為替の動きに対する感応度が高まったと考えられるのではないだろうか。

図:「ドル円の動き」と「ドル建て金と円建て金」の関係

出所:筆者作成

メダルに物質的価値を求めるアスリートはいないだろうが、相場・市場という面からみれば金市場と為替市場との緊密化により、日本人選手が獲得した金メダルの物質的価値と、米国人選手が獲得した金メダルの物質的価値の大会後の後の推移(変化率)は、異なるようになってきているようである。

円建て金は必ずしもドル建て金に追随するものでないということ、ドル円の急変時は全く逆の動きになり得るということを、わたくし自身、目下行われているオリンピックを見ながら改めて確認させられた。