「日産ゴーン事件」による株価下落で損害を被った投資家が、ゴーン被告や日産自動車などへ損害賠償が請求できるか?

1)はじめに

 日産自動車のゴーン会長は、2018年11月、長年にわたり自身の報酬額を少なく見せかけた額を、有価証券報告書に記載していたとして、東京地検特捜部により逮捕されました。他にも、会社法の「特別背任罪」などの逮捕を経て起訴されています。日産の株価について、ゴーン被告逮捕前では1,025円前後でしたが、逮捕後は一時854円まで下落しました。この大幅な下落により、損害を被った投資家もいるでしょう。

 そこで今回は、「日産ゴーン事件」による株価下落で損害を被った投資家が、ゴーン被告や日産自動車などへ損害賠償請求ができるかという問題について解説します。

2)有価証券報告書の虚偽記載とは 

 みなさんご存知のとおり、有価証券報告書は事業年度毎に作成される企業内外部への開示資料で、略して「有報」と言われています。

 投資家は、この開示された有価証券報告書の情報に基づいて投資取引を行います。金融商品取引法において、有価証券報告書の重要事項について虚偽の記載があった場合、当該有価証券を取得したまたは処分した投資家は、その被った損害について、発行会社やその役員に対し損害賠償請求できると規定しています(同法21条の2第1項)。

「日産ゴーン事件」の場合も、実際の役員報酬を少なく見せかけた虚偽の金額を有価証券報告書に記載していたことから、上記金融商品取引法の規定に基づいて損害賠償請求することが考えられます。

 過去にも有価証券報告書の虚偽記載による多額の損害賠償請求が認められた事件としては、「ライブドア事件」や、「オリンパス事件」などがあげられます。これらの事件は、粉飾決算損失隠しなど企業の財務状況を偽る虚偽記載だったことから「重要な事項」についての虚偽といえ、損害賠償請求が認められました。

 しかしながら「日産ゴーン事件」の場合は、企業の財務状況ではなく役員報酬を少なく見せかけたに過ぎないことから、このようなケースが「重要な事項についての虚偽」と言えるのか、前例がないためなんとも言えない状況です。

 投資家のみなさんは、株取引を行うときに有価証券報告書をご覧になると思いますが、業績や財務状況は見ても取締役の報酬まで細かくは見ないと思います。このように考えると、取締役の報酬に関する虚偽記載は、投資家の投資判断に影響を与えないのだから「重要な事項」ではないと言うこともできます。

 これに対し、取締役の報酬が極めて巨額であった場合、そのような会社はガバナンスが効いていないとみなし、そんな会社の株式なんか買わないと判断する投資家もいるかもしれません。そうすると、取締役の報酬に関する虚偽記載が投資家の投資判断に影響を与えるため「重要な事項」にあたると言うこともできます。

 結局、取締役の報酬に関する虚偽記載が「重要な事項」に該当するかどうかは前例がないため、今後の刑事裁判などで経過を見るしかありません。

 ただ、ここで「重要な事項」にあたらないといってしまうと話が終わってしまいますので、以下では取締役の報酬に関する虚偽記載が「重要な事項」に該当すると仮定して話を進めます(※あくまでも、仮定のお話しです)。