分からないことを認めることは存外難しい

まず前提として読者に納得していただきたいことがあります。誰でも、大人になっている以上、「私はよく分かりません」と口にすることははばかられる、ということです。

この段階で「いえ私はそんなことはありません」という人はもうそこでウソをついているはずですから、胸に手を当てて素直な気持ちを取り戻してください(誰もそのことを責めたりはしませんので!)。

知らないことを素直に「知らない」と言えない傾向は年齢を重ねるごとに高まるものです。22歳より55歳のほうが「私はよく分かりませんので、教えてください」とは素直に言えなくなってしまいます。

しかし、分からないことを認めないことは投資においてはリスクであることをわきまえておく必要があります。厳密にいえば投資におけるリスク(標準偏差)はぶれ幅の意味なので、ここでいうリスクは純粋に「危険性」という意味です。標準偏差としてのリスクはプラスに転じることもありますが、「知らないことを認めないリスク」はあなたの損失可能性だけを拡大します。

分からない人が相づちを打ちながら分かったふりをして商品購入をしてしまったり、美辞麗句を連ねたセールストークにひっかかる恐れについては何度か指摘していますが、知らないことを認められないことはただあなたの投資の危険性を高めている例です。

今回は少し議論を拡げて、「投資方針」として「分からない問題」にどう対応していくべきかを考えてみたいと思います。

完全に理解してから投資をスタートすることはない

最初にちょっと確認をしておきましょう。まず、「分からない」をゼロにすることは不可能です。分からないことを全部なくしてから投資をスタートせよ、といっているわけではありません。

投資初心者にとって分からないことはたくさんあります。また、完全に理解したうえで投資を始めることも不可能です。むしろ、投資を続けていくほどに分からないことも新たに誕生し続けます。学びの道を究めるということは大抵の場合、さらに新たな疑問を見いだすということだからです。

そして、多くの経験がそうであるとおり、「最初は分からないなりにやってみるしかない」という要素もあります。子どもは自転車の仕組みを理解したうえで乗るわけではないわけです。自転車の乗り方を覚えるのに、転ばないわけにはいきません。

ただし、補助輪を使ってトレーニングしたり、ストライダー(ペダルのない自転車のような子どもの遊具)を使ってバランス感覚を養うことは自転車の経験をスムーズにする効果があります。同じように、投資においても経験を上手に積み上げていく工夫はあっていいわけです。

分からないことを前提に置いた投資術は難しいものではなくなる

さて、分からないことがたくさんある、ということを認められれば実は投資はむしろ怖いものではなくなります。たとえば下記のような投資方針を採用することはいかがでしょうか。

  • 方針1・値動きの要因がシンプルな投資方針を選ぶ……投資信託等の運用方針が優れているかどうか「分からない」のであれば、分からないものに賭けるのではなく市場の値動きのみに依存した投資を行ってみる。アクティブファンドや個別銘柄を選ばずインデックスベースの運用を考える。

  • 方針2・特定の投資対象や銘柄に集中投資することを避ける……どの投資対象が今割安で、これから値上がりするタイミングにあるのか「分からない」のだから、特定の投資対象に資産を極端に集中させたり、個別の銘柄にのみ資産を集中させることを回避する。

  • 方針3・手数料(コスト)は可能な限り抑える……高い手数料を払う金融商品が高いパフォーマンスを上げるかどうか「分からない」のだから、同様の投資対象で投資するなら手数料が割安であるものを選好する。

  • 方針4・短期的な市況に左右されない投資方法を選択する……短期的な市況の上げ下げはありうることですが、予めその程度や時期を予見することはできません。「分からない」のであれば、中長期的には経済が成長する、という事実によって収益が確保できるような(損失が回避できるような)投資スパンを設定する。

  • 方針5・期待リターンを低く設定する……自分だけが飛び抜けた投資センスがあるかどうかは「分からない」のですから、月利で10%とか毎年倍々に増やす、というような異常に高い目標利回りを設定せず、インフレ率から数%程度増やせれば上々である、というような目標値を設定する。

  • 方針6・投資金額を無理のない範囲に抑える(レバレッジは避ける)……投資にはどのようなことが起こるか「分からない」わけですから、短期的な急落もあり得ると考え、その場合でも支障がないような投資金額を設定する(全額を投資せず預貯金もしっかり保有する)。

「分からない」ことを前提にした6つの投資方針を紹介しました。いずれを採用しても、おそらくあなたの運用の負担は軽減され、かつ無用な失敗や損失は大きく回避できるはずです。

分からないことを知ることは大きな学びである

寺田寅彦という物理学者がいます。夏目漱石に師事したことでも有名で、物理学者としての業績だけでなくエッセイストとしてのセンスは今でも一目置かれているところです。

彼のエッセイに「知と疑い」というものがあります(青空文庫に収録されているので、誰でも無料で読むことができます)。そこに「疑いは知の基である。よく疑う者はよく知る人である。」という一節があります。

分からないことがあったら、それはむしろ幸いです。そこから新しい学びが得られるからです。むしろ自分の周囲を疑わず当たり前のものばかりと考えてしまうようになると、私たちは分からないことを抱えたまま思考停止することになります。

知らないことを知る、分からないことを分からないと認める、ということを繰り返すことで、きっとあなたは「なんとなく投資」のステージを乗り越えて、次のステップで投資と向きあえるようになるはずです。