ウクライナ危機とインフレの背後に「脱炭素」が

「ウクライナ情勢の悪化」の原因については、さまざまな話があります。ナポレオン時代にさかのぼり、欧州諸国とロシア(ロシア帝国)の関係を起点に原因を追究するものもあるくらいです。筆者は、2020年に本格化した世界的な「脱炭素」ブームが、今回のウクライナ情勢悪化の遠因であると、考えています。

図:黎明期の「脱炭素」の金(ゴールド)・原油相場への影響

出所:筆者作成

 黎明期(れいめいき。夜明けの時期のこと。物事のはじまりの意)の「脱炭素」は、上記のとおり、エネルギー、金属、農産物価格を上昇させたり、覇権争いを激化させたり、生き残れない企業を増やしたりする、混乱要因という側面を持っています。(「脱炭素」が成長期に入れば、混乱は鎮静化するとみられます)

 黎明期の「脱炭素」は、上記の「1.産油国・産ガス国が態度をさらに硬化させる動機」となり、OPECプラスが過剰な増産を回避したり、産油国・産ガス国が単価上昇策を強め、「資源国」としての発言力を維持しようとしたりする動機になっているとみられます。

 ロシアが属するOPECプラス(OPEC加盟国13カ国と非加盟国10カ国でつくる産油国のグループ)は、昨年夏から、米国や日本などの消費国から追加の増産の要請を受けていますが、自分たちが決めた増産計画を粛々と履行するにとどめ、要請に応じません。態度が硬いのです。

 態度が硬い理由は、先進国が「脱炭素」を急速に推進し、OPECプラスの主要な収入源である原油を消費することを否定しはじめたことが一因であると、考えられます。「脱炭素推進」「化石燃料不要論」が、産油国の態度を硬化させ、単価である原油相場を上昇させることに、彼らを執着させている可能性があります。

「脱炭素」は、「単価つり上げ」にとどまらず、いずれ化石燃料が使われなくなることを危惧した産油国・産ガス国が、「資源国」としての影響力を維持するために、資源を武器にしたリスクをいとわない行動をするきっかけになっている可能性もあります。この点が「ウクライナ情勢悪化」と「脱炭素」の関わりの背景です。

 天然ガスや原油の主要生産国であるロシアは、ウクライナ情勢を悪化させながら供給減少をちらつかせ、「資源」を武器に影響力を拡大させています。現に、わたしたちの身近な品目が値上がりしたり、米国の金融政策が急速に引き締め方向に向かい、市場が混乱したりしています。ロシアの思惑通り、「資源」はまさに武器となり、先進国経済を揺さぶっているのです。

 足元の身近な品目の値上がりや市場の混乱は、「脱炭素」が一因であることは否定できません。黎明期ゆえ、こうした混乱はつきものであり、将来的には、混乱なく、温室効果ガスの削減と経済成長が両立する、成長期の「脱炭素」に移行することが期待されます。

 また、黎明期の「脱炭素」が一因で発生しているエネルギー価格の上昇は、上図の通り、電力価格や流通コストを押し上げ、各種コモディティ(商品)価格の上昇と相成り、インフレ(物価高)を加速させています。インフレは相対的な通貨安、その通貨安は、どの国の信用を必要とせずに存在できる金(ゴールド)の保有妙味を増幅させる、金価格の上昇要因です。

 同時に、黎明期の「脱炭素」は、リーダー間、企業間での格差拡大は、覇権争いを激化させたり、生き残れない企業を増やしたりするなど、さまざまなリスクを拡大させる要因になっています。インフレ進行に伴うリスク拡大と相成り、資金の逃避先需要を増加させる、金(ゴールド)価格の上昇要因だと言えます。