金(ゴールド)と原油が一時急騰状態に

 金(ゴールド)がおよそ3カ月ぶり、原油がおよそ7年5カ月ぶりの水準まで、上昇しています(原稿執筆時点)。米国政府が、危機状態にあるウクライナにいる米国国民に対し、48時間以内に退避するよう呼びかけ、軍事衝突が間近に迫っているとの思惑が強まったためです。

図:NY金先物 期近 60分足 単位:ドル/トロイオンス

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

 金(ゴールド)価格は、金利上昇局面でも、上昇しています。金利上昇→ドル保有妙味増→相対的に金(ゴールド)保有妙味減、という流れにより、金利が上昇局面では金価格は下落することがありますが、今は逆に上昇しています。

図:NY原油先物 期近 60分足 単位:ドル/バレル

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

 原油相場は、ロシアがウクライナに侵攻する懸念が強まり、エネルギーの供給減少懸念が意識されていることが一因で、上昇しています。

 ウクライナ国内に敷設されたロシア産の原油や天然ガスが運ばれるパイプラインに障害が発生したり、ロシアが供給を停止したりする懸念があること、バルト海に敷設された天然ガスのパイプライン(ノルドストリーム2。ロシア・ドイツ間)の稼働が、今回の危機を受けて稼働を停止していること(米国主導)などにより、エネルギーの供給減少懸念が強まっています。

 ウクライナ情勢の悪化とエネルギー供給についての詳細は、以前の「ウクライナ情勢の悪化が、インフレを加速させる理由」をご参照ください。

 ウクライナ情勢の悪化のほか、「インフレ」「原油100ドル説」「脱炭素」「見えにくいリスク」など、短・中・長期、さまざまな時間軸の上昇要因が存在します。

図:金(ゴールド)・原油の価格上昇要因(一例)

出所:筆者作成

ウクライナ危機とインフレの背後に「脱炭素」が

「ウクライナ情勢の悪化」の原因については、さまざまな話があります。ナポレオン時代にさかのぼり、欧州諸国とロシア(ロシア帝国)の関係を起点に原因を追究するものもあるくらいです。筆者は、2020年に本格化した世界的な「脱炭素」ブームが、今回のウクライナ情勢悪化の遠因であると、考えています。

図:黎明期の「脱炭素」の金(ゴールド)・原油相場への影響

出所:筆者作成

 黎明期(れいめいき。夜明けの時期のこと。物事のはじまりの意)の「脱炭素」は、上記のとおり、エネルギー、金属、農産物価格を上昇させたり、覇権争いを激化させたり、生き残れない企業を増やしたりする、混乱要因という側面を持っています。(「脱炭素」が成長期に入れば、混乱は鎮静化するとみられます)

 黎明期の「脱炭素」は、上記の「1.産油国・産ガス国が態度をさらに硬化させる動機」となり、OPECプラスが過剰な増産を回避したり、産油国・産ガス国が単価上昇策を強め、「資源国」としての発言力を維持しようとしたりする動機になっているとみられます。

 ロシアが属するOPECプラス(OPEC加盟国13カ国と非加盟国10カ国でつくる産油国のグループ)は、昨年夏から、米国や日本などの消費国から追加の増産の要請を受けていますが、自分たちが決めた増産計画を粛々と履行するにとどめ、要請に応じません。態度が硬いのです。

 態度が硬い理由は、先進国が「脱炭素」を急速に推進し、OPECプラスの主要な収入源である原油を消費することを否定しはじめたことが一因であると、考えられます。「脱炭素推進」「化石燃料不要論」が、産油国の態度を硬化させ、単価である原油相場を上昇させることに、彼らを執着させている可能性があります。

「脱炭素」は、「単価つり上げ」にとどまらず、いずれ化石燃料が使われなくなることを危惧した産油国・産ガス国が、「資源国」としての影響力を維持するために、資源を武器にしたリスクをいとわない行動をするきっかけになっている可能性もあります。この点が「ウクライナ情勢悪化」と「脱炭素」の関わりの背景です。

 天然ガスや原油の主要生産国であるロシアは、ウクライナ情勢を悪化させながら供給減少をちらつかせ、「資源」を武器に影響力を拡大させています。現に、わたしたちの身近な品目が値上がりしたり、米国の金融政策が急速に引き締め方向に向かい、市場が混乱したりしています。ロシアの思惑通り、「資源」はまさに武器となり、先進国経済を揺さぶっているのです。

 足元の身近な品目の値上がりや市場の混乱は、「脱炭素」が一因であることは否定できません。黎明期ゆえ、こうした混乱はつきものであり、将来的には、混乱なく、温室効果ガスの削減と経済成長が両立する、成長期の「脱炭素」に移行することが期待されます。

 また、黎明期の「脱炭素」が一因で発生しているエネルギー価格の上昇は、上図の通り、電力価格や流通コストを押し上げ、各種コモディティ(商品)価格の上昇と相成り、インフレ(物価高)を加速させています。インフレは相対的な通貨安、その通貨安は、どの国の信用を必要とせずに存在できる金(ゴールド)の保有妙味を増幅させる、金価格の上昇要因です。

 同時に、黎明期の「脱炭素」は、リーダー間、企業間での格差拡大は、覇権争いを激化させたり、生き残れない企業を増やしたりするなど、さまざまなリスクを拡大させる要因になっています。インフレ進行に伴うリスク拡大と相成り、資金の逃避先需要を増加させる、金(ゴールド)価格の上昇要因だと言えます。

ロシアがウクライナに「ハイブリッド戦」で侵攻

 黎明期の「脱炭素」が、「ウクライナ情勢悪化」の遠因であると述べました。そのウクライナ情勢の悪化に関連し、ロシアの「戦い方」に注目します。

図:「ハイブリッド戦」とは…?

出所:防衛白書より筆者作成

「ハイブリッド戦」という言葉があります。「ハイブリッド」は、複数の仕組みを組み合わせたもの、という意味です。筆者の手元にある1990年に出た辞書には「ハイブリッド」の記載はありませんでした。古くから使われていた言葉ではなく、比較的、新しい言葉だと言えます。

 先月、米国政府は、ロシアが映像を作成したと報じました。その映像には、ウクライナ軍が国境を超えてロシアを攻撃し、ロシア側で民間人の死傷者が出ている模様が含まれていた、とのことでした。

 この映像について、米国政府は、ロシア国民の反ウクライナ感情をあおる宣伝活動(プロパガンダ)だとの認識を示しました。映像の性質から、ロシアによる「ハイブリッド戦」の一つだと言えそうです。(ロシアがウクライナに侵攻するきっかけをつくるための自作自演の映像)

「ハイブリッド戦」は、「見えにくいリスク」「ステルスリスク」を生じさせる、やっかいな存在だと、筆者は考えています。

 実は「ハイブリッド戦」という言葉は、「防衛白書(日本の防衛の現状、課題、取り組みなどが書かれている。毎年刊行)」でも大きく取り上げられています。(防衛白書では「ハイブリッド戦」と記載され、戦い方の一つとして述べられています。いくつかの報道では「ハイブリッド戦争」とされ、戦いそのものを指している場合があり、区別が必要です)

図:防衛白書における「ハイブリッド戦」の扱い

出所:防衛白書より筆者作成

 防衛白書は同省のウェブサイトで閲覧できます。電子化されているため、キーワード検索ができます。年度を指定した検索もできます。

 これによれば「ハイブリッド戦」が初めて防衛白書に登場したのは、2015年度版でした。ロシアによるウクライナに対する現状変更(クリミア併合)への試みが記載されている箇所です。

「(ロシアが)外形上「武力攻撃」と明確には認定しがたい方法で侵害行為を行う「ハイブリッド戦」を展開している」と、今よりも簡易的に記されています。

 また、その後の版で「(NATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)は、ハイブリッド戦に対応するため)既存の戦略の再検討や新たなコンセプト立案の必要に迫られている」(2016年度版)、「(ハイブリッド戦は)経済、情報作戦、外交などが混合した複雑さを持っている」(2017年度版)、という記載が確認できます。

 この点から、2015年度以降、日本政府はハイブリッド戦に対し、複雑なため既存の戦略が通じない、対応には分野・組織を横断した考え方が必要、などの認識を強めたことがうかがえます。

 そして、令和2年度以降の防衛白書では、ハイブリッド戦は第1部第1章の1で解説されるようになりました。同白書全体を網羅する重大テーマとなったわけです。

 これはハイブリッド戦が、日本を含む世界規模の脅威となり、程度の差はあれども無関係でいられる人がほとんどいなくなったことを示唆していると言えるでしょう。「ハイブリッド戦」は、もはや他人事ではないわけです。

 現在、ロシアがウクライナに対して以前と同様、軍事作戦と並行して水面下でハイブリッド戦を用いて主張を強い、それが一因で原油価格が上昇しているとすれば、今、わたしたちは、ハイブリッド戦の影響を受けていることになります。

 近年、ハイブリッド戦が世界規模に拡大した背景には、インターネットの拡大、デバイスの高機能化、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の急速な普及、多分野の同時グローバル化、独裁的なリーダーとそれに盲従する市民の誕生などが挙げられます。

 インターネットと深く関わりがあることから、誰しも当事者になり得ることや、目に見えにくく、事態が進行していることを認識しにくいことなども、拡大した要因に挙げられるでしょう。

「見えにくいリスク」は超長期的視点の金上昇要因

 防衛白書には次の記載もあります。「純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を「グレーゾーンの事態」と呼ぶ。例えば、国家間において、権益をめぐり主張が対立し、一部の当事国が、武力攻撃にあたらない手法で影響力を強め、現状の変更を試み、別の当事国に対して主張・要求の受け入れを強要しようとする状況を指す」(一部要約)

 また、同白書はハイブリッド戦を含む多様な手段により、グレーゾーンの事態が長期にわたり継続する傾向にあると指摘しています。こうしたことは、「武力衝突と有事は同じ意味」「有事は数年で終わる傾向がある」という認識を直ちに改めなければならないことを訴えていると言えるでしょう。

図:「グレーゾーンの事態」と「見えにくいリスク」

出所:防衛白書などより筆者作成

 これは、金(ゴールド)市場に関わる人々は特に、関心のベクトルを向けるべき事柄だと、筆者は考えています。「ハイブリッド戦」が横行する「グレーゾーンの事態」が長期にわたり、継続するのであれば、「見えにくいリスク」が長期的に継続(資金を逃避させる需要が強い状態が継続)する可能性があるためです。

「ハイブリッド戦」とそれと対極をなす「武力戦」を以下のとおり、比較しました(相対比較)。コストや物理的損害が相対的に小さい「ハイブリッド戦」の方が、継続可能期間が長いと言えます。(「グレーゾーンの事態」が長期にわたり継続することの一因)

 事態発生時の体感度や実施時の合意形成の難易度が低いこと(リスク発生やその予兆が見えにくく、とがめられにくいこと)や、同時発生の可能性が高いことも、継続可能期間が長い理由の一つと言えるでしょう。

図:「ハイブリッド戦」と「武力戦」の比較(相対比較)

出所:筆者作成

「今、世界がグレーゾーンの事態にある」「見えにくいリスクが周囲にある」と認識している人は少ないでしょう。危機を危機と認知しない多数の市民が、将来、「今が危機だ」と認知したときにどのような行動をするでしょうか? よりどころとなるものを求めるでしょう。何を求めるのでしょうか?

 筆者を含めた一般市民の習性(危機を感じた時、盲目的になりやすい)を考えれば、目に見えるもの(見えないものはNG)、わかりやすいもの(複雑なものはNG)、目立つもの(目立たないものはNG)、有名人・権力者が推奨するもの(有名人・権力者でない場合はNG)、歴史・実績があるもの(ないものはNG)、価値がなくならないもの(なくなるものはNG)などが候補となるでしょう。

 これらの条件の多くを満たすのは何か? 金(ゴールド)でしょう。以下は、「見えにくいリスク」が、金(ゴールド)市場に与え得る影響のイメージです。

図:「見えにくいリスク」が与え得る金(ゴールド)相場への影響(イメージ)

出所:筆者作成

 そう遠くない将来、世界中の市民が今そこに危機があることを認識し、「ハイブリッド戦」起因の「見えにくいリスク」から身を守る必要性を感じ、具体的に行動する時がくるでしょう(賢明な市民であれば、いずれ危機を察知し、必ずや身を守る行動をする)。

 それは金(ゴールド)相場の超長期的な上昇トレンドのスタートになるかもしれません。

「ウクライナ危機」は、ロシアが「ハイブリッド戦」を仕掛けていることや、そのハイブリッド戦が「見えにくいリスク」を生み出す元凶であることを知らせてくれています。

「見えにくいリスク」は、有事のムード(資金の逃避先需要)、代替資産(株の代わり)、代替通貨(ドルの代わり)、中央銀行の金保有、中国インドの宝飾需要、鉱山会社の動向に並ぶ、金(ゴールド)相場の動向の今後を占う7つ目の重要テーマとして、認識すべきだと考えます。

 [参考]貴金属関連の具体的な投資商品例

 楽天証券の純金積立「金・プラチナ取引」はこちらからご参照ください。

純金積立

金(プラチナ、銀もあり)

国内ETF/ETN

1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN

海外ETF

GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF

投資信託

ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
三菱UFJ純金ファンド

外国株

ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ

国内商品先物

金・金ミニ・金スポット・白金・白金ミニ・白金スポット・銀・パラジウム

海外商品先物

金、ミニ金、マイクロ金(銀、ミニ銀もあり)

商品CFD(金・銀)