(この原稿は日本時間6月29日(月)午前5時現在の情報を元に執筆しています)
膠着状態が続いていたギリシャ問題は先週末、大きな展開を見せました。週末のEUとの会合を前にした26日金曜夜、ギリシャは突然、債権者からの提案を受け入れるかどうかの国民投票を実施することを発表。ゲーム理論的に言えば「囚人のジレンマ」状態に陥っていた両者ですが、ギリシャの出方が決まったことで、ほぼ自動的にEUの出方も決まることになり、EUは全会一致でギリシャへの救済措置を6月30日で終了させることを決定しました。私はここ数ヶ月間、ギリシャ情勢について聞かれることがあっても、あまりに政治色が強くコメントを控えてきたのですが、この決定で今後の、少なくとも中長期的な展開が見えてきたような気がします。
3年前になりますが、2012年「06月15日 ギリシャ選挙を前に」で記した通り、私は遅かれ早かれ、ギリシャのユーロ離脱は不可避だと考えていましたし、恐らく中長期的には市場参加者の多くもそう考えていたと思います。この3-4年の間、ギリシャには巨額の支援がなされ、その多くがギリシャの銀行を通じて欧州の銀行に還流することによって金融システム的にも準備が出来、3-4年前にギリシャがユーロ離脱、となるよりもかなり、市場の織り込み具合は進んできたと思います。しかし先週の市場(債券、変動率、スプレッド)の動きを見るにつけ、EUとギリシャの交渉に楽観的ムードが漂っていたことからすると、週明けの市場が荒れ模様となることは避けられそうにありません。感覚的には恐らく、あと1-2年先延ばしすることができればこの問題の殆どは織り込まれていたでしょうが、現在の市場にはまだ、その準備は出来ていなかったでしょう。ただ、もちろん今後の展開次第ではありますが、私は日本やアメリカのように当事者でない国については、短期的な影響を別にすれば、それほど悲観視する必要も無いと考えています。これで恐らく9月の米利上げは無くなったでしょうし、そもそもここ3-4年市場を悩ませてきたギリシャ問題とお別れできるという側面もあります。
今回「ギリシャはバカな事をやってしまった」と考える人が多いようです。もちろん短期的な影響としては、交渉がまとまる方が両者にとって良かったとは思いますが、長期的に見た場合、私はこの「ゲーム」は実はむしろギリシャに有利と考えています。というのは、前出「ギリシャ選挙を前に」で記した通り、ギリシャにはいずれにしろ(程度の差はあれ)抜本的な改革が必要でした。それならば、緊縮財政を強いられながら長年に渡って借金を返すためだけのような生活をするよりも、自国通貨に切り替えれば、ある程度柔軟に財政をコントロールさせていくことができます。自国通貨はインフレを伴い、導入当時に大きな痛みを伴うでしょうが、将来的に財政を健全化していけばインフレ率低下という形でご褒美が返ってくるので良い動機にもなります。為替レートも利用して、徐々に競争力を回復していく作戦は理にかなっているように思います。
一方でこの先、今回の決断が本当に正しかったかを検証されるのはEUではないでしょうか。「ギリシャ選挙を前に」で記した通り、ユーロというのは本来、言語や文化、経済状況の異なる国の集まりです。にもかかわらずこれまで16年間、ユーロという制度を維持できてきたのは、それはそれで凄いことだと思いますが、今後時間が経つにつれて歪みが大きくなってきて、延いてはこの先「第二のギリシャ」が市場に意識される場面が到来する可能性は否定できません。今回ギリシャの経済規模で、しかも3-4年かけて織り込んできた末でこの状況なので、IやSに飛び火した時にEUのコストは、ギリシャ支援とは比べ物にならないものとなるでしょう。もちろんギリシャ問題は粉飾決算に端を発する問題なので、EUとしては「ギリシャだけは特別」と強調したいところでしょう。しかし将来、市場で同様の問題が意識されるようになった時、結局「あの時ギリシャを救済しておいた方が安くついた」となる可能性は十分考えられます。
こう考えれば、EUとしては今からでも、ある程度譲歩する価値はあると思います。ツィプラス首相の、自己保身を狙った国民投票をみすみす受け入れるのも納得がいかないかもしれませんが、上述のようにギリシャが置かれた(やや有利な)立場を考えれば仕方ないのではないかと思います。EUの人たちは、そこまでのコストなど負担できない、と言うかもしれません。しかしその人たちはよく理解しなくてはなりません。統一通貨を作るということはそういうことなのですよ、そしてそれに賛成票を投じたのは自分達なのですよ、という事実を。