執筆:香川睦

今日のポイント

  • 堅調を続けていた米国株式に高値警戒感が台頭している。S&P500指数ベースの予想PERは約18.3倍に上昇し、過去四半世紀における算術平均(16.8倍)を上回っている。
  • ただ、金利水準を加味したバリュエーション面で「米国株はバブル」とは言えず。「株式は金利と比較すれば割安」(バフェット氏)との見方を裏付ける金利調整後PERに注目。
  • 米金利の上昇加速には警戒を要する。追加利上げが見込まれる来週のFOMCでは、当局者の金利見通し修正に注目。日米金利差拡大ならドル高・円安が進むとみたい。

(1)米国株式でみられる高値警戒感

米ダウ平均は、3月1日に最高値を更新して以降、上値の重い展開で推移しています。昨秋の米大統領選挙(11/8)以降に30回以上最高値を更新してきた株価上昇の後だけに、高値警戒感は台頭しやすく、短期的な株価調整はむしろ健全と考えられます。ダウ平均よりも幅広く米国株の趨勢を示すS&P500株価指数と予想PER(株価収益率)の推移をみると、2017年の市場予想EPS(1株当り利益)をベースにした予想PERは約18.3倍となっており、過去四半世紀(25年間)の算術平均(16.8倍)よりやや高い水準です(図表1)。ただ、大局的にみると、同期間の主なPERレンジ(平均±σ(標準偏差)=13.7倍~19.9倍)には収まっており、「ITバブル」と称された1999年から2000年にかけての予想PER(26倍台)は大きく下回っている状況です。また、現在のような「業績相場」(業績の改善や成長を織り込む相場)では、PERが先行して拡大しやすい特徴があることにも留意したいと思います。とは言え、米国株高は世界株高のエンジン(核心)でしたので、米国株の調整が深くなる場合は、リスクオフ(回避)による円高や日本株安に繋がる可能性がありますので警戒が必要です。

図表1:S&P500指数と予想PERの推移(過去25年間)

(出所:Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2017年3月9日))

(2)金利調整後PERからは「米国株はバブルではない」

株価が「割安か割高か」を判断するための一般的な指標として、PER(株価収益率)が用いられることが多いです。ただ、前述したように景気や業績の見通し改善を織り込んで株価が上昇していく局面(「業績相場」)では、予想PERが先行して拡大することがあり、PERの水準だけで割高・割安を判断するにも限界があります。

「史上最高の投資家」と呼ばれるウォーレン・バフェット氏(米国の大富豪で投資会社バークシャーハサウエイ社のCEOかつ筆頭株主)は、その発言が金融市場で注目されています。同氏はCNBCとの単独インタビュー(2月27日)で「米国株はバブルではありませんか」と問われた際、「米国株はバブルの領域にない。金利と比較すればまだ割安な方だ。長期金利が7-8%程度に上昇したらバブルを警戒すべきかもしれない。米経済のダイナミズムは顕著で、暫くはいかなる大統領のもとであっても順調に推移する」などと述べました。このうち、「金利と比較すればまだ割安」との論点を確認するデータを示したのが図表2です。上段のグラフが示す通り、米長期金利は(最近やや上昇したとは言え)いまだ歴史的には低位にあります。従って、下段のグラフが示す「金利調整後PER」(予想PER×長期金利)は、過去25年の算術平均(0.76倍)を大きく下回る0.46倍に位置しています。即ち、長期金利を加味したバリュエーション(予想PER)面からは「バブル」に至ってないことがわかります。

参考までに、「ITバブル時(1999年末時点)」の予想PERは26.9倍、長期金利は6.44%でしたので、金利調整後PERは1.73倍と極めて高かったことがわかります。その後、2000年にハイテク株を中心に株価が大幅調整に見舞われた相場は「バブル崩壊」と呼ばれました。

図表2:S&P500指数、米長期金利、金利調整後PER(過去25年間)

(注:金利調整後PER(株価収益率)=S&P500指数ベースの予想PER×米長期金利(10年国債利回り))
(出所:Bloombergのデータをもとに楽天証券経済研究所作成(2017年3月8日))

(3)米雇用統計とFOMCは日本株の動意に繋がるか

米国株の堅調を支えているのは、景気の回復とトランプ政権による財政出動期待を背景とした「業績拡大期待」と考えられます。実際、S&P500指数ベースの予想EPS(市場予想平均)でみてみると、2017年は前年比19.1%の増益、2018年は同12.1%の増益と見積もられています。業績低迷を余儀なくされた2016年から大きく改善し、史上最高益を更新するとみられています。ただ、金利上昇ペースが加速する場合、「金利上昇による景気や業績の伸び抑制」、「ドル上昇によるグローバル企業の収益悪化」、「債券と比較した株式の魅力減退」との不安を市場が嫌気し、株価が下落する可能性があることに注意が必要です。

市場は、今晩(米国時間10日朝)発表される雇用統計(2月分)に注目しています。すでに「完全雇用」状態に近いとされる状況のなか、非農業雇用者増加数は20万人(1月実績は23.7万人)、失業率は4.7%(同4.8%)、時間当り賃金上昇率は2.7%(同2.5%)と予想されています(市場予想平均/Bloomberg集計)。雇用統計に先んじて発表されたADP雇用統計(民間版雇用統計、8日発表)では、2月は民間部門雇用者数が29.8万人増加し、約3年ぶりの大幅な伸びとなりました。とは言え、雇用統計は季節性や特殊要因(過去実績の修正など)で市場予想に反した結果が出る可能性もあります。

図表3が示すように、失業保険新規申請者数(季節調整値/労働省発表)が1973年4月以来44年ぶりとなる水準(22.3万人)まで減少したことに注目しています。米景気回復に伴う安定した雇用需要拡大と労働市場のひっ迫を背景に、雇用主が人員解雇を減少させてきたことが示されています。米国の総人口や労働人口は増え続けている一方、失業保険申請者が歴史的低水準に減少するなか、トランプ政権がインフラ投資拡大など雇用拡大策を実施すれば、雇用環境はさらに改善する可能性があります。来週開催されるFOMC(米連邦公開市場委員会、14-15日)では、市場が織り込んでいる「追加利上げ」の有無だけでなく、FOMCメンバーの金利予想(平均)の変更、将来の量的緩和縮小(テーパリング)を示唆する声明の有無が市場の動意に繋がりそうです。この場合、日米金利差拡大を介したドル円の上昇が日本株の戻り基調を支える動きを期待しています。

図表3:米・失業保険新規申請者数(季調値)の長期推移

(出所:米労働省、Bloombergのデータをもとに楽天証券経済研究所作成(2017年3月2日時点))