執筆:香川睦

今日のポイント

  • メイ英国首相のEU単一市場からの離脱発言やトランプ次期大統領のドル高牽制発言などを受け一時は円高進行。米景況感の堅調とイエレンFRB議長発言でやや持ち直し。
  • 大統領就任式(20日)を前に、市場は新大統領の打ち出す政策に警戒感強める。政策公約ごとに日本株への「良し悪し」を評価した。景気刺激策を除き、リスク要因は多い。
  • 米労働市場は完全雇用に近く、賃金上昇率は約7年6ヵ月ぶり高水準。イエレンFRB議長は2019年まで年2-3回の利上げを示唆。為替は日米金利差拡大を再び織り込むか。

(1)欧米政治の不安を嫌気した円高・株安

トランプ次期大統領は、SNS(ツイッター)での発言や記者会見(11日)で、「3つのC」を敵に回した印象があります。CNNが象徴する既存メディア、新大統領のロシアでのスキャンダルをリークしたとされるCIA(中央情報局)、China(中国)の3つです。これらは、新大統領の足元をすくいかねないリスクとして要警戒です。ニクソン第37代大統領は、CIAとメディアに暴かれた「ウオーターゲート事件(1972年)」で辞任に追い込まれました。また、同次期大統領は今週、米金融紙とのインタビューで「ドルは強すぎる」と発言。メイ英国首相はEU(欧州共同体)市場からの完全撤退を表明しました。今週は、こうした欧米の政治と政策を巡る不透明感がリスクオフ(回避)によるドル売り・円買いを促し、日経平均を押し下げました(図表1)。目先は、米大統領就任式(20日)での演説、月末の所信表明演説(例年の「一般教書演説」に相当)の内容を見極めるまで、為替も株式も神経質な動きを続ける可能性があります。

図表1:ドル円と日経平均の推移

(出所:Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2017年1月19日))

(2)新大統領の政策(公約)は毒か薬か

就任式を前に、トランプ次期大統領の政策運営が米経済、世界経済、日本株にとりプラスか否かを不安視する見方が強まっています。IMF(国際通貨基金)は16日に発表した最新経済見通しのなかで、世界最大規模の米国経済の成長加速は「世界経済に追加需要をもたらす」と指摘しました。ただ同時に、トランプ政権の政策運営が米国発の保護主義の高まりや、ドル高進行による金融環境の悪化、貿易紛争に端を発する中国経済の深刻な減速、米中間の外交的緊張を生じさせる事態などをリスク要因として取り上げています。図表2では、トランプ次期大統領の政策(公約や発言)それぞれが、日本株にとり「毒」(ネガティブ要因)となるか「薬」(ポジティブ要因)となるか-についての見通しを整理してみました。

図表2:新大統領の公約(主張)の日本株への影響

(出所:各種報道や分析より楽天証券経済研究所作成(2017年1月時点))

結論としては、「経済政策」を除いてトランプ新大統領の主張で日本株にとり好材料となりそうなものは少なそうです。換言すると、次期大統領の放言は、従来の政策路線や常識から逸脱する過激な主張が多いと感じます。これらの主張の多くが(例えば外交面で二国間交渉の取引材料に留まらないとしても)実現に向かうには、共和党や議会で承認を得る必要があることに留意したいと思います。例えば、NAFTA(北米自由貿易協定)を無視し、メキシコからの輸入品に「国境税」を課す-との主張は非現実的でWTO(世界貿易機構)加盟国内で違反の可能性が高く、メキシコからの報復策なども考慮すれば、米国の消費者や企業にとりデメリットが多いと思われます。常識的に考えれば、トランプ新大統領の支持者に対するリップサービス(?)に留まるか、今後の二国間交渉での取引材料として活用されるとみるべきでしょう。一方で、財政政策が発動された場合の米景気改善観測の高まりは、日本企業にとり外需拡大やドル高・円安(増収増益効果)を介し「業績改善期待」に繋がる可能性が高いと考えています。

(3)米経済と雇用情勢はすでに改善している

一般的に、経済成長率が加速するなら、インフレ期待は上昇し、利上げのテンポも速まり、米長期金利とドル円が上昇する可能性が高まります。図表3は、米雇用統計のなかから「失業率」と「賃金上昇率(時間当り賃金の前年同月比)」の推移を示したグラフです。米雇用情勢は改善傾向にあり、12月の失業率は4.7%と8ヶ月連続で「完全雇用状態」とされる5%を下回りました。同月の賃金上昇率は+2.9%と7年6ヵ月ぶり高水準となり、労働市場でのインフレが上昇傾向にあることが窺われました。FRB(米連邦準備制度理事会)が18日に公表した地区連銀経済報告(ベージュブック)では、昨年末の米経済が緩やかな成長を続けたことが明らかにされ、一部地区で労働市場のひっ迫と賃金上昇率の加速も指摘されました。この報告は、次回FOMC(米連邦公開市場委員会/1月31日~2月1日開催予定)で議論される金融政策の材料となります。イエレンFRB議長は18日の講演会(サンフランシスコ)で、今後の利上げについて「2019年末まで年2-3回ペースになるとの見通しを(FRB内で)共有している」と述べ注目されました。同議長も「米経済は完全雇用に近づいており、物価の上昇も目標に向かっている」との判断を示しました。トランプ大統領が誕生する前に米労働市場は既に完全雇用状態にあり、そうしたなかで新政権が(多かれ少なかれ)景気刺激策を実施していくことの効果や影響に注目したいと思います。

図表3:米国の失業率と賃金上昇率>

(出所:Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年12月))

政治経験のないトランプ氏が大統領就任後は、現実の政治のなかで就任前に主張してきた公約(政策)で「出来ること」と「出来ないこと」が明確となるでしょう。一方で、大統領府と上下両院議会の過半数を抑える共和党政権として、経済成長を加速するために「するべきこと」は徐々に具体化しそうです。本年の米国株式、為替(ドル円)相場、日本株式は、そうした経済政策の薬効(材料)を吟味していく場面が増えていくと考えています。