執筆:香川睦

今日のポイント

  • 11月初来のセクター物色には、トランプ相場を挟んで世界共通の傾向がみられる。スピード調整を交えつつ、金融、資本財、素材の優勢、公益や安定成長の劣勢は続きそう。
  • トランプノミクスはレーガノミクスに似ている点も。レーガン氏が1981年初に大統領就任以降、米長期金利とドル円は秋口まで上昇した。来年も同様の傾向が見込めるか。
  • 新大統領誕生で、市場はリフレ政策や規制緩和などを期待。先ずは「株高・債券安」で反応した。ただし、中期の視点では、政策面からのリスク要因の顕在化も警戒したい。

(1)ほぼ同期する世界のセクター(業種)物色

米大統領選挙(8日)の結果を受けたトランプ相場(米長期金利上昇、ドル高・円安、株高)も、足元ではやや一服感が出てきました。セクター(業種)別指数をベースに、11月初来の米国、日本、世界の物色動向を振り返ると、その優劣はほぼ同期しています(図表1)。

米国市場におけるセクター物色を騰落率で降順にすると、①金融(長短金利差拡大による銀行の利ザヤ改善や金融規制改革法廃止への期待)、②資本財サービス(トランプ政権下でのインフラ投資積極化への期待)、③ヘルスケア(オバマケア(国民皆保険制度)廃止による薬価引き上げ圧力後退への期待)、④エネルギー(エネルギー規制の緩和や生産拡大への期待)、⑤素材(公共投資拡大による需要増加期待)。一方、劣勢を鮮明にしているのは、①公益や通信サービス(金利上昇懸念)、②生活必需品(安定成長セクターから景気敏感への物色シフト)など。米長期金利の上昇傾向に反転材料が出ない限り、債券から株式へのローテーション(資金シフト)は、スピード調整を交えながら当面続くと思われます。

図表1:世界のセクター別物色動向(11月初来)

*MSCI-10大業種別株価指数の期間騰落率。米国市場の「月初来騰落率」の降順で表示。
(注)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年11月16日時点)

(2)レーガノミクス相場は再現するのか

トランプノミクス(トランプ次期大統領による経済政策面の公約)は、「レーガノミクスの再来」と言われています。第40代米大統領のドナルド・レーガン氏は、1980年11月の大統領選で当選すると、1981年1月大統領に就任して以降、①大規模減税、②規制緩和、③産業競争力強化、④軍備拡大などを推進しました。①と②を柱としたリフレ政策と「強いアメリカの再生」を訴えた点で、トランプ氏の公約はレーガン大統領の公約と類似する点があります。

参考までに、レーガン大統領が誕生した1981年初からの1年間について、米長期金利と為替(ドル円)相場の推移をグラフにして振り返ってみました(図表2)。レーガノミクスへの期待が先行し、米国債売り(金利上昇)、米国株買いの動きとなり、債券金利(利回り)の上昇は「日米金利差拡大」を介し為替のドル高・円安傾向を促しました。ただ、同年秋には反転。長期金利、米国株、ドル円とも下落した経緯がわかります。当時と現在の経済・金融環境に異なる点はありますが、トランプ氏が来年1月20日に大統領に就任して以降も期待先行は暫く続く可能性がありそうです。 なお、レーガン大統領(俳優出身)もトランプ氏と同様「政治経験が乏しい」ことを不安視されましたが、ベーカー(当時)財務長官など共和党実力者をブレーンに配置し、政策実行力を高めたことで知られています。今回の選挙では、大統領府、上院・下院両議会の過半数を共和党が占めるに至りました。大統領と共和党・議会が妥協しながらもリフレ政策を着実に進め、通商政策や外交政策は「過激な公約」の実行が排除され、合理的かつ実利的なものに修正されていくものと考えています。

図表2:レーガン大統領就任年(1981年)の米長期金利と為替の推移

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(1981年初~1981年末)

(3)新大統領の公約にみる光と影

足元までの「トランプ相場」は、経済成長率引き上げを目的としたリフレ政策(大規模減税とインフラを主軸とする財政出動)を先ずは評価し、インフレ率の上昇、財政赤字の拡大、長期金利の上昇(日米金利差拡大及び長短金利差拡大)、ドル高・円安を織り込む相場に転換したようにみえます。とは言っても、トランプ氏の公約には影の部分(潜在的なリスク要因)もあることは再認識すべきでしょう(図表3の一覧を参照)。リフレ政策が実体経済の改善を伴わずに米長期金利の上昇のみを加速させれば、内需(個人消費や住宅市況)が下押しする可能性があり、新興国市場では資金流出を加速させるリスクが警戒されています。また、トランプ氏が選挙期間中に主張していたTPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)からの離脱を強行すれば、保護貿易主義が世界に伝播し、貿易量の縮小や企業コストの増加を介し米多国籍企業の業績に下押し圧力となりそうです。

一般的に、保護貿易主義は輸入関税率上昇を介してインフレ率上昇要因とされています。また、選挙戦中は、日本など同盟国に対して駐留米軍や安全保障関連の費用負担増加を求めていましたが、新大統領が強行すれば地政学的リスクを高める要因になりかねません。なお、BREXIT(英国のUE離脱を決めた国民投票)に続き、米大統領選挙も「内向き志向」(反グローバリズム)を示したことで、今後欧州で予定されている選挙(12月のイタリア国民投票、来年4月のフランス大統領選挙、6月のフランス総選挙、9月のドイツ総選挙)の結果次第で、EUの統合や通貨ユーロに圧力がかかる事態が警戒されています。こうした事象が顕在化した場合、世界株式が下落に転じ、為替市場でリスクオフ(回避)の円高が進む可能性があり、日経平均が調整を余儀なくされる可能性があり注意が必要です。

米大統領選挙が実施されて以降、市場の目は先ずはトランプノミクスの「光(明るい面)」に向かった感がありますが、「影(リスク要因)」にも目配りをしていく必要があると考えます。 

図表3:トランプ新大統領の公約とリスク要因

(出所)各種報道にもとづき楽天証券経済研究所作成(2016年11月17日時点)