執筆:香川睦

今日のポイント

  • トランプ政権を揺るがす「ロシアゲート疑惑」で税制改革を含む米景気対策期待が急後退。米長期金利の低下とリスク回避の円買いで、ドル円と日本株式は今週下落した。
  • 「大統領の弾劾シナリオ」が現実味を帯びてきた。FBI、メディア、ワシントンなど「敵」が増えるばかりの政治的混迷が続きそう。「ペンス副大統領の昇格」で市場は安定化か。
  • 日経平均ベースの予想EPSは1,300円を超える最高益に拡大。予想PER別の株価シナリオで試算する日経平均の下値目途は1万9千円割れも、上値目途は2万2千円超を維持。

(1)ロシアゲートを不安視したリスク回避が重石

米国でトランプ大統領の政権運営を巡る不安が募り、米長期金利の低下とリスクオフ(回避)でドル円は下落(円が上昇)。日経平均は2万円の大台を目前に反落しました。トランプ大統領によるコミーFBI(連邦捜査局)長官の電撃的解任、ロシア高官への情報漏えい疑惑、米景気指標の減速感などが市場の重石となっています。なお、ブックメーカー(賭けサイト)のプレディクトイット (Predictit)によると、「トランプ大統領が2018年末までにホワイトハウスに残っていない確率(オッズ=掛け率)」は42%に上昇しています(17日時点)。「ロシアゲート疑惑」とも言われはじめた米国政治を巡る不透明感は、税制改革を含む景気対策への期待や実現性を後退させており、日米市場の「恐怖指数」は再上昇しています(図表1)。

図表1:日米株式と「恐怖指数」の推移

(注:「恐怖指数」=オプション市場で算出されるボラティリティ指数=投資家の先行き警戒感を示す)
(出所: Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(5月18日))

(2)トランプ大統領の「弾劾・辞任」はあるか?

米・政治制度における「大統領の弾劾」は憲法で認められた制度で、違法行為で大統領個人の責任を問うものです。手続きとしては、(1)下院が「検察役」となり弾劾訴追を決議、(2)下院の過半数が賛成すれば「弾劾相当」と認定、(3)その後、上院が「裁判官役」となり、3分の2が弾劾に賛成すると、大統領は「罷免(辞任)」に追い込まれます。トランプ大統領は就任前から、メディア、情報機関(FBIやCIA)、ワシントン筋(既存の政治家)を批判する発言を連発してきた経緯があります。「ロシアゲート」で、大統領の違法性が明らかとなれば、辞任に追い込もうとする勢力は多いとされています。「大統領の法律違反発覚→議会での弾劾(辞任)」が現実化する場合、ニクソン大統領(1974年)以来約43年振りとなります。とは言っても、こうしたプロセスには相当長期の議会審議が必要となるため、市場の不透明感が長引く可能性もあります。1972年6月に発覚した「ウォーターゲート事件」(首都ワシントンDCの「ウォーターゲート・ビル」にある民主党全国委員会本部に盗聴が仕掛けられた事件)では、ニクソン大統領の関与と「もみ消し工作」に疑惑が深まりましたが、結果として下院司法委員会が弾劾を可決し、同大統領が自ら辞任したのは1974年8月でした。

図表2:ドル円、米長期金利、為替のリスクリバーサル

(注:ドル円のリスクリバーサル指標=ドル円の先行き警戒感が強まると低下、警戒感が緩和すると上昇する)
(出所: Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(5月17日))

昨年11月の選挙で大統領府と議会の大勢(上下両院の過半数)を得た共和党にとり、「独善的大統領の辞任」は中間選挙(18年秋)を視野に入れると痛手ではないかもしれません。大統領継承順位1位のマイク・ペンス副大統領(元インディアナ州知事・下院議員)は、共和党保守派や議会と太いパイプがあり温和な政治家と評判です。現職大統領が辞任する場合でも、政策が「景気重視(プログロース)で産業界重視(プロビジネス)」とされる共和党が政権を担い続ける状況は変わりありません。株式市場や為替相場の混乱は一時的で、大統領交代が「悪材料出尽くし」や買い戻しに繋がる可能性もあると考えられます。

(3)業績見通し改善で日経平均の下値は限定的か

内閣府が18日に発表した2017年1-3月期のGDP(国内総生産)速報値では、実質成長率(前期比年率)が+2.2%と発表され、市場予想(+1.8%)を上回りました。5四半期連続のプラス成長となり、リーマン・ショック前(2005年1Qから06年2Q)以来約11年ぶりの連続プラス成長を記録。世界景気の回復を背景とした外需(輸出)拡大に個人消費の持ち直しが加わりました。内外景気が改善するに伴い、国内企業の業績予想も改善傾向を鮮明にしています。日経平均をベースにした予想EPS(1株当り利益)は1,300円を突破(1,316円/5月12日時点)。図表3は、「日経平均の予想PER別株価レンジ(予想EPS×想定PER)」が足元で急速に切り上がっている状況を示しています。こうしたなか、18日の株価下落で、足元の予想PER(株価収益率)は14.9倍と15倍を割り込みました。

図表3:日経平均と予想PER別株価レンジの推移

(注:「予想PER(株価収益率)別レンジ」=想定PER×予想EPS(1株当り利益、予想EPSは市場予想平均)
(出所: Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2017年5月18日)

アベノミクス相場(2013年以降)における日経平均の予想PERは「算術平均±1σ(標準偏差)」が14.0倍から17.4倍(生起確率は7割弱)で推移してきました。予想PERレンジを「14倍~17倍」と想定し、予想EPSと掛け合わせると、「日経平均の予想PER別株価レンジ」は「18,424円~22,372円」と計算出来ます。今後、コミー前FBI長官の議会発言(報道では5月24日予定)など「ロシアゲート」疑惑の進展、PERに影響を与えやすい為替の動向、業績見通しなどを見極める必要があります。ただ、過度の不安が後退するに連れ、上記した「業績の改善を加味した割安感」で、株価は早晩落ち着きを取り戻すと見込んでいます。