イギリスの国民投票(Brexit)

6月23日(木曜日)にイギリスの国民投票(Referendum)が実施されます。「英国がEU(欧州連合)に残留すべきか、離脱すべきか」を二者択一で問う国民投票です。

英国(Britain)の離脱(Exit)=ブレグジット(Brexit)と呼ばれ、その可能性がここへきて急速に高まってきました。その背景と最近の動向を時系列でみてみますと、

  • 昨年5月の総選挙で、与党保守党のキャメロン首相がEUに改革を求めた上で国民投票を実施することを公約に掲げ、保守党が勝利
  • 今年2月にEU首脳が英国の特別な立場を認める改革案に合意したため6月実施を決定
  • 当初は残留支持が優勢だったが、難民問題やパリ同時テロを背景に春先頃から離脱支持の勢いが増してきた
  • ところが、4月にオバマ大統領が英国を訪問し、残留支持を示唆したことから残留派が勢いを取戻し、それまで売られていたポンド・ドルも1.40から1.46に、ポンド円は152円台から162円台に上昇
  • しかし、6月に入って国民投票の日程が近づくにつれ、離脱派が勢いを増し、遂に直近の世論調査では残留支持派45%VS離脱支持派55%と逆転し、一気に離脱の現実味が出てきた。これを受け欧州株軟調となり、ポンドは再び1.4台に、ポンド円は150円割れに下落
  • 英国では世論調査よりブックメーカーの賭け率の方が、予想が当たると言われているが、6月13日現在のブックメーカー・ベットフェアの離脱確率は36%と、国民投票実施の発表以来最高となり、また、残留確率は64%と先週比▲14%となった。

このように最近の動向では、離脱支持派が追い上げてきている状況となってきています。そうはいっても逆転は一時的であり、賭け率はまだ残留派の方が高いから残留派が勝つのだろうと思われやすいですが、マーケットの見方は五分五分との見方が大勢となってきています。

英国離脱リスクの影響

5月の伊勢志摩サミット(G7先進国首脳会議)の首脳宣言では、英国の国民投票について「離脱は、世界の貿易や投資、雇用に悪影響を及ぼし、成長に向けた深刻なリスク」と明記し、強い懸念を示しました。サミットの首脳宣言は各国の内政問題に踏み込まないのが通例ですが、離脱は欧州だけでなく世界経済に悪影響を与えると懸念されたため首脳宣言で言及されました。

このようにG7首脳がサミットで英国の離脱リスクを共有したことが示すように、英国のEU離脱はテールリスク(発生確率が低いが、発生すれば非常に巨大な損失をもたらすリスク)ではなく、発生確率が低くなく、発生すれば非常に大きな損失や影響をもたらすリスクになってきています。

英国財務相は、5月にEU離脱による英経済への影響を下記のように試算しています。「今後2年間で経済規模は3.6%縮小し、50万人が職を失い、賃金は3%近く下落するだろう」と警告し、「ポンド下落によって海外旅行の費用がかさむだけではなく、輸入品は高くなり、家計を圧迫するだろう。最も影響を受けるのは、収入の大部分を生活に費やす低所得の家族だ」と指摘し、残留のメリットを強調しました。

EU離脱の英経済への影響試算(英財務相、5月)

  • 経済成長率は残留した場合に比べ3.6~6ポイント下回る
  • 通貨ポンドは12~15%下落
  • 失業率は1.6~2.4ポイント上昇、52万~82万人の職が失われる
  • 平均賃金は2.8~4%下落
  • 国の債務が240億~390億ポンド(約3.8兆円~6.2兆円)増加し財政が悪化

この試算では株式市場の影響には触れていませんが、当然のことながら株式市場は離脱決定後、瞬時に反応し、投資家や資産家が損失を被ることになります。企業も大きな影響を受けることから経済成長率は更に押し下げられる可能性があります。

ポンドへの影響

英財務相はポンドは12~15%下落すると試算しています。5月に発表した時点の水準はポンド・ドルで1.47、ポンド円で163円でした。この水準から最大の15%下落は、ポンド・ドルで1.25、ポンド円で139円となります。果たしてこの下落幅の範囲内で収まるのでしょうか。

参考になるのは過去のポンド急落時の下落幅です。ポンド危機は2回ありました。1992年のジョージ・ソロスのポンド売りの時には約30%下落し、2008年のリーマンショックの時も同じような下落幅で約33%下落しています。いずれも1.35を割れていませんが、もし、離脱の場合に30%下落を当てはめると、ポンド・ドルは1.03、ポンド円は114円となります。ポンド・ドルは一気にこれまでの抵抗線であった1.35を割れ、1.05の最安値も下回る水準となります。ポンド円もリーマンショック時の120円を割れこむ水準となります。おそらく30%というのは、事態が急変してから相場の需給が拮抗するまでにそれぐらいの値幅が必要だということだと思われます。過去2回起こっていることから、今回の事変を考えると十分に起こり得る下落幅かもしれません。もちろん、一瞬にして30%下落というのは予想し難いですが、一瞬にしてポンド円で5円、数分で10円と下落し、その後時間をかけて30%下落していくというシナリオは考えられます。

為替市場での取引リスク

為替市場で取引する際には、このような大幅な価格変動の他にもいくつかのリスクがあります。

価格リスク

上述のようなポンドの変動が瞬時に起こるリスクです。価格が吹っ飛ぶリスクです。通常の取引でもポンド円などは1円、2円は数分で起こる動きが見られます。EU離脱となれば、瞬間で数円動くことは容易に想像することが出来ます。また、決定前でも国民投票日が近づくにつれて、噂や世論調査の結果で簡単に上下に動くことが予想されます。先日も、世論調査の誤報によってポンド円は一瞬にして急騰し、修正ニュースによって一瞬にして急落し、元の水準に戻しました。

スプレッド・リスク

買値と売値の幅が広がるリスクです。ポンド円の場合、買値と売値の値幅(スプレッドと呼ばれています)は通常1~2銭の値幅で取引出来ますが、この値幅が数十銭、場合によっては1円単位で広がる可能性があるかもしれません。取引実行時の価格は悪くなり、損失確定のストップロス・オーダーも予想していないところで執行される可能性があります。これらの動きは大げさな話ではなく、相場の状況によっては起こり得ることです。プラザ合意の時は、ドル円ですが1円の値幅で取引をした経験があります。

流動性リスク

相場に価格がなくなり取引が思うようにできないリスク、あるいは思った金額で取引出来ないリスクのことです。最も恐ろしいリスクです。価格が上下に乱高下しても、買値と売値のスプレッドが広がっていても、相場に価格が立っていれば取引が出来ますが、マーケットから価格が消えれば取引は出来ません。利食いしたくても出来ず、損切りをしたくても出来ず、オーダーを入れておいても執行されないリスクです。ゾーッとするリスクですが、十分に起こり得るリスクのことです。1992年のポンド危機の時には、完全にマーケットから価格が消え、ポジションを抱えたままじっと相場を見ていた記憶があります。

システムリスク

めったには起こりませんが、注文が殺到することによってキャパシティオーバーとなり、取引システムがダウンしてしまうリスクのことです。これだけは全く予想がつきませんが、リスクとして念頭に入れておく必要があります。相場には価格が立っているのに取引出来ないリスクです。

協調介入リスク

相場の大変動による緊急事態を回避するために、G7が電撃的に協調介入を実施するリスクです。事前に警戒は出来ますが、タイミングはわかりません。もし、国民投票の結果が出る前にポンド売りのショートポジションがかなり積み上がっていた場合、一瞬にして介入によるポンド円の押し上げとショートポジションの反対取引によって買いが殺到し、ポンド円は急騰し利食いできない可能性も考えられます。

このように英国のEU離脱リスクは、発生確率の低いリスクではなく、五分五分のリスクであり、発生すれば瞬間的に大きな損失をもたらす可能性があるリスクだということを改めて肝に銘じ、相場に臨む必要があります。また、その時の為替取引については、上述のようにさまざまなリスクが複合的に普段よりも大きいリスクとして覆いかぶさる可能性があることも肝に銘じておく必要があります。相場に臨む心構えとしては、資金的にも心理的にも余裕をもって臨み、時には「休むも相場」、「相場は明日もある」と考え、とにかくマーケットでサバイバルすることが肝要であり、息長く市場に参加することが重要です。

英ポンド/円 日足チャート

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