内閣府から「企業行動に関するアンケート調査」の結果が2月26日に公表されました。このアンケート調査は、企業が今後の景気や業界需要の動向、設備投資などをどのように見通しているかなどについて毎年1月に実施されています。調査対象会社は東京、名古屋の証券取引所第一部及び第二部に上場する全企業の2,515社(平成27年11月1日現在)ですが、今回の回答企業数は1,062社(製造業499社、非製造業563社、回答率 42.2%)となっています。製造業、非製造業がほぼ同数回答されていて、全体の回答会社数も1,000社を超えていますので参考になる調査だと思われます。
この調査では為替レートについてもアンケートが行われていますが、興味深いのは企業の採算レートについてアンケートをしていることです。「採算レート」とは、この調査では内閣府が輸出企業に対して採算がとれるドル円の水準を聞いたレートのことです。つまり、輸出企業が現在の設備能力、労働生産性によって海外に輸出した場合に、事業の採算に乗る為替水準のことです。つまり、この採算レートより円安水準ならば利益が確保できるが、円高ならば利益が出ない水準のこととなります。以前お話した「想定為替レート」とは意味合いが違います(第85回「日銀短観の想定為替レート」参照)。想定為替レートは、輸出入企業が事業計画や年度予算設定時に前提とする為替レートのことであり、円高、円安によって決算時に為替差益、為替差損が発生することとなります。例えば、輸出企業の場合、期末時のドル円レートが想定為替レートより円高になった場合、決算収益では為替要因によって予算よりも減益となりますが、採算レートは想定為替レートよりも円安の水準の場合が多いため、実質的な為替差損によって事業が赤字になることはない場合がほとんどです。
さて、この調査によると2015年度の輸出企業の採算ラインのドル円相場は1ドル=103.20円でした。2014年度の調査では1ドル=99.00円でしたので、前年度より4.2円の円安となっています。また、現在のドル円レート113.50円と比べるとかなりの円高水準ですので、輸出企業にとっては、企業の採算が割れる水準(赤字になる水準)まではかなりのゆとりがあると言えます。
産業別では、製造業は1ドル=102.30円、非製造業は1ドル=109.00円となっています。非製造業の方が採算レートは円安水準となっていますが、現在のレートと比べると、まだ円高水準であることがわかります。
また、業種別では、採算ラインが最も円高水準にあるのは「精密機器」の88.60円。次いで非鉄金属の95.60円、輸送用機器(101.40円)、電気機器(101.70円)となっています。これら業種は円高に強い体質となっていることがわかります。一方で、採算ラインが最も円安水準にあるのは国内での生産が多い食料品(114.50円)、鉄鋼(111.20円)となっています。現在のドル円レート113.50円と比べると、採算ぎりぎりの状況にあることがわかります。
過去の採算レートはどのようなレートだったのでしょうか。下表では、この10年の採算レートの推移と調査前月のドル円レートと採算レートとの差、また、このアンケート調査では企業に対して1年後の予想ドル円レートも調査していますので、その予想レートと採算レートとの差を表しています。
内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」による採算レートの推移
調査年度 | 採算レート (A) |
調査直前のレート (B) |
1年後の予想 レート(C) |
直前- 採算レート (B)-(A) |
1年後予想- 採算レート (C)-(A) |
---|---|---|---|---|---|
2006 | 106.60 | 117.30 | 115.50 | 10.7 | 8.9 |
2007 | 104.70 | 112.30 | 111.10 | 7.6 | 6.4 |
2008 | 97.30 | 90.40 | 97.00 | -6.9 | -0.3 |
2009 | 92.90 | 89.60 | 95.90 | -3.3 | 3.0 |
2010 | 86.30 | 83.40 | 88.40 | -2.9 | 2.1 |
2011 | 82.00 | 77.90 | 80.30 | -4.1 | -1.7 |
2012 | 83.90 | 83.60 | 88.40 | -0.3 | 4.5 |
2013 | 92.20 | 103.50 | 105.70 | 11.3 | 13.5 |
2014 | 99.00 | 119.40 | 119.50 | 20.4 | 20.5 |
2015 | 103.20 | 121.80 | 120.90 | 18.6 | 17.7 |
※「調査直前のレート」は、調査前月の12月のレート(2008年は調査が2月のため1月のレート)。
この表の中で「調査直前のレートと採算レートの差」の推移をみてみますと、1ドル=100円を割れてからの円高局面では採算レートを割れる局面が続いていたことがわかります。やはり、企業にとって90円台、80円台はかなり厳しい局面だったということになります。そしてアベノミクスによってドル円が円安に進むと、円高局面で競争力がついた企業の採算レートは低いままのため、調査当時の実勢レートとかなりの開きがでてきた、つまり、企業にとってゆとりがでてきたことがわかります。
ひとつ気になるのは、最近数年の1年後の予想レートが円安傾向になっていることです(そのため採算レートとの開きが大きい)。アベノミクスによって円安が続いていたため、心理的にこの先も円安という予想になることはわかりますが、年始からの円高・株安局面での調査(1月)にもかかわらず、現状レート追認の予想になっていることは気掛かりな点です。今回の株安、円高が、もし、一時的でなく、ここ数年の円安局面から円高局面に転換しつつある状況になっているとすれば、円安に慣れてしまっている企業は、円高に動いてもこれまでのようにまた円安に戻ってくるとの期待から対応が遅れ、後追い、後追いの対応になってしまうのではないかと危惧されます。
現時点のドル円レート113.50円は、日銀短観による2015年度下期の想定為替レート118.00円(大企業・製造業1,091社)を既に下回っており、また、主要輸出企業30社の平均116.07円(20社は115円)をも下回っています。まだ、採算レートからはゆとりがありますが、もし、110円を切れて円高に行った場合、後追いのため対応が遅れていたことに加え、80円台の苦しい局面を経験してきたことから、採算レート103.20円割れを我慢しないでその手前から一気にドル売りを行ってくることが予想されます。
このように想定為替レート、採算レートを現在の為替水準と比較すれば、輸出企業や輸入企業の為替に対する行動(ヘッジ売りやヘッジ買い)のタイミングを推測することが出来ます。もちろん、正確にはわかりませんが、こういった考え方は相場シナリオを考える上での一つの材料にすることが出来ます。内閣府による採算レートの公表は年1回ですが、忘れずに是非毎年チェックして下さい。
採算レート | 輸出企業に対して採算がとれるドル円の水準 |
内閣府が毎年1月に公表(「企業行動に関するアンケート調査」) | |
想定為替レート | 輸出入企業が事業計画や年度予算設定時に前提とする為替レート |
円高、円安による為替差益、為替差損は輸出と輸入とでは逆の効果 | |
採算レート | 103.20円 (2015年度 内閣府調査) |
想定為替レート | 118.00円 (日銀短観12月 大企業・製造業の2015年度下期) |
想定為替レート | 116.07円 (主要輸出企業30社の平均) |
想定為替レート | 115.00円 (主要輸出企業20社)。 |