年初から為替・金融市場は大荒れしています。ドル円は、10円超の円高となり、株式市場は一時15,000円を割れました。これらの金融市場の混乱を受けて、日銀は1月29日に初めてのマイナス金利の導入を決定しました。これら一連の動きは、個人の金融資産にどのような影響を及ぼすのでしょうか。大きな枠組みで考えてみたいと思います。

日銀は四半期毎に家計部門の金融資産を発表します。つまり個人の不動産などを除いた金融資産は、日銀発表によると2015年9月末で1,684兆円となっています。その内訳構成比は、

日本の家計金融資産構成比(%)

項目 現金・預金 債券 投資信託 株式出資金 保険・年金
準備金
その他 合計
構成比
(%)
52.7 1.5 5.4 9.7 26.4 4.4 1,684
兆円

この構成比からわかるのは、日本の金融資産は非常に安全資産志向(低リスク志向)となっている点です。現預金は半分を超えており、現預金、債券、保険・年金準備金など相場の変動に対してあまり振らされない低リスクの資産合計は80%超えています。逆に株式や投信の構成比が小さいことが特徴です。他国と比較するとこの「安全資産志向」がよくわかります。日米欧の家計の金融資産構成比は以下のようになっています。

日米欧の家計金融資産構成比(%)

構成比
(%)
現金・預金 債券 投資信託 株式出資金 保険・年金
準備金
その他 合計
(兆円)
日本 52.7 1.5 5.4 9.7 26.4 4.4 1,684
米国 13.7 5.0 12.9 33.8 31.8 2.8 8,268
ユーロ圏 34.4 4.0 8.5 17.3 33.2 2.6 2,930
英国 26.7 0.9 4.6 9.6 54.6 3.7 1,007
ドイツ 39.4 3.2 8.7 10.1 37.9 0.7 702
フランス 28.4 1.7 6.4 20.6 36.2 6.8 635

日米は2015/9末、ユーロ圏は2015/6末英国、ドイツ、フランスは2014年末

米国と比較すると日本の金融資産の安全志向がよくわかります、米国は変動の大きい株式と投資信託を合わせると半分弱を占めています(日本vs米国15.1%vs46.7%)。日本は低リスク志向、米国は高リスク志向ということがわかります。ユーロ圏は、日本と米国の中間のリスク志向のようです。また、ユーロ圏の中でもドイツは堅実な安全志向ということがわかります。現預金は高く、株式は日本と同じような低い水準です。先日、ドイツ銀行の収益不安が市場を席巻しましたが、運用ポリシーはドイツの個人とは違うのでしょうか。ひょっとしたら米系のインベストバンクの投資スタイルになっていたのかもしれません。

日米の低リスク志向vs高リスク志向は、当然資産から得られる利息・配当金が違ってきます。2013年ベースですが、日本利息・配当金は13兆円で運用利回りは0.8%。これに対し米国は利息・配当金は約430兆円で運用利回りは5.5%と、利回りベースで日本と7倍の差が出ています。日本人の投資スタイルは、低リスク低リターン、米国人の投資スタイルは高リスク高リターンということがわかります。この投資スタイルの違いから、日本は高リスク高リターンの投資余地が大きく、今後、海外市場を含めた株式、投信市場への投資が活況になるという見方がありますが、今回の金融市場の動揺によって日本の個人がどのような投資行動に出るのか注目です。

マイナス金利とGPIF

日本の安全志向の投資スタイルは、他国と比べて現預金が圧倒的に大きく、また株式・投信比率が小さいことから、金融市場の動揺に対する影響は比較的小さいだろうということが推測されます。しかし、全く皆無という訳には行きません。株式だけでみると、年初からの20%下落は、1,684兆円×9.7%×20%=32.7兆円。約33兆円の目減りによって逆資産効果が起こることが考えられます。実現損がなくとも心理的に消費抑制効果が働く可能性があります。また、マイナス金利の導入によって、個人の預金金が今すぐマイナスになるとは思いませんが、ただでさえゼロに近い預金金利が半分以下になることは考えられます。0.1%のマイナス金利導入によって、預金金利が平均して0.1%の半分の0.05%となった場合、個人の現預金は約4,400億円の利息収入減と試算できます(1,684兆円×52.7%×0.05%=4,437億円)。これら株式評価損や預金利息の減少が実額ですぐに消費減少に影響するとは考えられませんが、GDPの約6割を占める、つまり日本の景気の動静を左右する消費活動を心理的に抑制することは考えられるかもしれません。

また、年初来の株の下落によって年金の評価損が国会で追及されたことも個人の消費行動を抑制するかもしれません。国民の公的年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立法人)が、この年初からの株式下落で7兆円弱の評価損になっているのではないかと追及されました。GPIFは昨年の7-9月期でも7.9兆円の運用損を出しています。それに加えてこの7兆円ですので、年金受給者にとっては不安になり、節約志向になることは十分考えられます。

GPIFは昨年後半からは苦戦していますが、2013年度の運用は10兆円の黒字、2014年度は13兆円の黒字と、運用資産の配分を国債から株式や海外債券・株への配分を増やすことによって運用益を上げてきました。配分比率の推移を2014年9月末→2015年9月末でみると、従来の安全資産である国債の配分は48.4%→38.95%へと引き下げ、国内株は17.8%→21.35%、外国債券11.8%→13.6%、外国株17%→21.64%へと引き上げ、高リスク資産志向へと転換しつつあります。日本国内の株と外国債券・株を合わせたリスク資産比率は46.6%から56.59%と過半数を超え、またその内、為替リスクを伴う海外への投資比率は28.8%から35.24%と増えています。最終的には国債35%、株式25%、外国債券15%、外国株式25%、つまりリスク資産65%、その内、為替リスクを伴う資産は40%という配分を目安に運用していく方向ですが、年初からの混乱市場の中でどのような運用になっていくのか注目していく必要があります。今後の運用として海外への投資は為替の変動率が高まっている間(上下に大きく揺れる期間が長い状況)は見送るのか、あるいは、昨年に比べ10円近く円高になっている現在の局面は絶好の投資タイミングと判断して、外国株、外国債券へ積極的に投資していくのかどうか注目です。更に、このGPIFの動きをみて、他の公的年金や民間の年金基金がGPIFに追随するのか、あるいはマイナス金利の導入によって運用先を探している金融機関や生保などの機関投資が追随するのかどうか注目です。当然、これらの動きはドル円やクロス円の円安要因になります。

家計の金融資産の構成比率という大枠から考えると、現預金や生保・年金準備金の項目は、こういうルートを辿って安全資産からリスク資産に変わっていくかもしれないという点を留意しておく必要があります。このように家計の金融資産の動向から、為替相場の要因を探っていく方法もあります。