政府系ファンド( SWF )

前回、原油価格の下落によってサウジアラビアの財政収支が苦しくなったため、中央銀行であるサウジアラビア通貨庁(SAMA)がその資産を取り崩しているという話をしました。SAMAは世界有数の政府系ファンドのひとつですが、サウジ以外にも巨額の資金を動かしている政府系ファンドがいくつかあります。政府系ファンドの動きは新聞やメディアにも再三登場してきますので、マーケットに多大な影響を与える政府系ファンドの動きには注目しておく必要があります。

政府系ファンドとは、政府が出資する投資ファンドのことです。 英語でSovereign Wealth Fund(ソブリン・ウエルス・ファンド)と表記され、略称は“SWF”です。その主な財源は原油や天然ガスによる収入や、貿易黒字等による外貨準備高を原資としています。運用スタンスは高リターンを求める傾向があるため、債券のみならず、株、それに伴う為替などのリスク資産にも積極的に投資し、海外企業への直接投資や不動産投資なども行います。自己運用のみならず、外部運用機関への委託運用も行います。

政府系府ファンド Best 5

政府系ファンド全体の資産規模は、米調査会社インスティチュートの推計では7.2兆ドル(約870兆円)であり、世界の運用資産の合計の約1割を占めるとのことです。つまり、世界の運用資産は約72兆ドル(8,700兆円)ということになります、また、SWFの総資産870兆円は、日本の個人金融資産1,700兆円の半分と覚えると便利です。よく耳にする巨大な政府系ファンドは以下の通りです。

順位 国名 名称 運用資産推定残高 日本円 原資 設立年
1 ノルウェー ノルウェー政府年金基金 8,250億ドル 100兆円 原油 1990
2 UAE アブダビ投資庁 7,730億ドル 94兆円 原油 1976
3 中国 中国投資有限責任公司 7,470億ドル 91兆円 外貨準備 2007
4 サウジアラビア サウジアラビア通貨庁 6,690億ドル 81兆円 原油
5 クウェート クウェート投資庁 5,920億ドル 72兆円 原油 1953

上位には、原油やガスなどの資源を原資とする政府系ファンドが占めています。政府系ファンド総残高7.2兆ドルの内、原油やガスを原資とするファンドの残高は4兆ドルと推定されており、総残高の56%を占めています。また、中東の湾岸諸国の政府系ファンド総残高は2.8兆ドルとなり、全体の38%を占めています。このように2000年以降の資源価格急騰によって資源産出国の政府系ファンドの割合が増えてきており、その中でも中東のオイルマネーは約4割となっています。中東のオイルマネーは欧州の運用機関に委託することが多いため、欧州マネーの裏には中東のオイルマネーが動いていることも多いようです。欧州勢が日本株を買っているというニュースの背景には、オイル―マネーが動いているかもしれないと推測することが出来ます。

しかし、SWFの資産も近年は頭打ちになってきています(SWF全体の資産の伸びは過去5年平均で12%、しかし、今年は4%にとどまるとの予想があります)。そしてこの1年の資源価格の下落によって、資産の取り崩しという新しい動きが見られ始めてきています。前回お話しましたように、サウジアラビアは過去6ヶ月で500億~700億ドル(約6兆円~8.5兆円)の資産を取り崩したと言われています。原油とオイルマネーの関係は頭の中に入れておいた方がよいようです。

ノルウェー政府年金基金

政府系ファンドの資産を取り崩す動きはサウジアラビアだけではありません。10月7日、2016年度の予算案を発表したノルウェー財務省は、財政の歳入不足を穴埋めするために政府系ファンドの資産を取り崩す方針を表明しました。原油安で原油収入が減少したため財政が悪化し、財政均衡のため37億クローネ(約520億円)を政府系ファンドから取り崩す必要が出てきたとのことです。ノルウェーの政府系ファンドであるノルウェー政府年金基金は、上記の表の通り資産規模が世界最大のSWFです。従って、今回の規模で資産を取り崩しても、受け取る利息や配当額が大きいためファンドの収支は黒字を維持できるとのことです。しかし、世界最大のSWFの存在感は金融市場では大きく、今回の方針はマーケットに衝撃を与えました。

ロシアも原油や天然ガスの輸出に頼っていますが、今年の1月~8月で9,000億ルーブル(約1兆7,000億円)を政府系ファンドから取り崩したと観測されています。

このように原油や資源安は、これまで債券や株の安定的な買い手だった巨大な政府系ファンドが大口の売り手に転じてくることを後押しし、マーケットにかなりの影響を与える可能性が生じてきます。一時的な現象であればよいのですが、資源価格の低迷が続き、ファンドの取り崩しも継続的な動きとなれば、金融市場全体が縮小することになり、不安定な状況が続くことになります。

SWFの動きは資産の取り崩しの動きだけではありません。ノルウェー政府年金基金は、日本で不動産投資を始めると表明しています。投資金額は長期的に50億~80億ドル(6,000億円~9,600億円)の可能性を示しています。ノルウェー政府年金基金のポートフォリオは、株式が62.8%、債券が34.5%、不動産が2.7%となっています(2015年6月末)。将来的に不動産の比率を5%ぐらいまで引き上げる計画があり、その一環として日本で不動産投資を始めるとのことです。SWFの資産の伸びが頭打ちになっている現在の状況では、不動産投資の比率を高めることは、債券や株の比率を減らすことになります。日本への新たな投資によって日本の不動産取引が活発になることはよいことですが、ノルウェー政府年金基金は日本の株式も1,000銘柄、約4兆円以上を保有しているとのことです。ポートフォリオの入れ替えの過程で日本株の比率が縮小しなければいいのですが、こういう点も考えていく必要があります。

政府系ファンドの運用内容は国家機密であることが多く、情報が開示されることはほとんどありません。しかし、直接関係者へのインタヴューや、外部運用機関からの間接的な情報、民間の調査会社からの情報によって、その動向は結構頻繁に新聞やメディアに登場してきますので、注目しておくと大きなお金の流れを予想するのに役に立ちます。

政府系ファンド

Sovereign Wealth Fund〔ソブリン・ウエルス・ファンド〕略称“SWF”

政府が出資する投資ファンド

財源は石油や天然ガスによる収入、貿易黒字等による外貨準備高を原資

運用手法は自己運用のみならず、外部運用機関への委託運用も行なう

運用内容は国家機密であることが多く、情報が開示されない

 

SWF資産規模

政府系ファンド総残高7.2兆ドル(約870兆円)、世界の運用資産の合計の約1割
      → SWFの総資産870兆円は、日本の個人金融資産1,700兆円の半分

7.2兆ドルの内、原油やガスを原資とする残高は4兆ドル(総残高の56%)

中東の湾岸諸国の政府系ファンド総残高2.8兆ドル(総残高の38%)

 

政府系ファンド動向の注目点

原油や資源価格下落によってSWF資産の取り崩しの動き→金融市場に影響
      → ノルウェー、サウジアラビア、ロシア

原油とオイルマネーの関係に注目

欧州マネーと中東のオイルマネーの関係に注目