「喜悦、平静、謙虚」

このコラムで春先に人民元のSDR採用について触れましたが(2015年4月8日付「第43回中国の「脱ドル」経済圏形成」)、ついに11月30日のIMF理事会で採用が決定されました。中国人民銀行(中央銀行)の易綱副総裁は、翌日の記者会見で、「喜悦、平静、謙虚」と、SDR採用の感想を6文字で示し、静かにその喜びを表したとのことです。また、人民元導入を推進してきたIMFのラガルド専務は、「中国経済を国際金融システムに組み込む重要な節目になる」とその意義を強く述べました。

SDR構成比率

人民元の構成比率は10.92%となり、新しいSDRの構成比率は下表のようになります。
ドルは微減の▲0.17%ですが、ユーロが▲6.47%と大きく下がり、円とポンドは中国に抜かれ、かつ、円とポンドが逆転し、円は▲1.07%、ポンドは▲3.21%となりました。

 

SDRの構成比率

  現在 2016年
10月から
増減率
ドル 41.90% 41.73% ▲0.17%
ユーロ 37.4 30.93 ▲6.47
人民元 -- 10.92 +10.92
9.4 8.33 ▲1.07
ポンド 11.3 8.09 ▲3.21

IMFによると、新規採用の基準は、

  • 「通貨を保有する国・地域の輸出規模」
  • 「通貨を自由に利用できるか」

となっています。中国は経済の拡大によって貿易額も増えており、①はクリアしたのは間違いありません。しかし、国際決済での主要通貨の割合ではまだまだ小さいのも事実です(ドル・ユーロ。ポンドで8割 中国2.79%)。また、下表の通り徐々に増えてその存在感が高まっているのも事実です。2015年8月の割合では日本をわずかに上回りました。

国際決済での主要通貨の割合(%、SWIFTによる)

2014年1月 2015年8月
ドル 38.75 ドル 44.82
ユーロ 33.62 ユーロ 27.2
ポンド 9.37 ポンド 8.45
2.5 人民元 2.79
カナダドル 1.8 2.76
豪ドル 1.75 カナダドル 1.79
人民元 1.39 豪ドル 1.6
スイスフラン 1.38 スイスフラン 1.55

しかし、②の「自由度」という基準については、人民元取引の自由化や市場の透明性向上などの課題を考えるとまだまだのような気がしますが、規模の拡大のスピード感、改革の将来性を考慮して評価されたようです。IMFのラガルド専務は30日の記者会見で「中国は、改革を行ってきたし、これからも続けるということだ」と改革を促す発言をしています。中国指導部は、2020年までに「元を交換が可能で、自由に使える通貨にする」としていますが、その工程表は示されていません。IMFは8月に中国に対する年次審査報告書を発表しました。この中で、「人民元について向こう2~3年かけ為替介入を最小限に抑えつつ、実質的な変動相場制に移行するのが望ましい」と提言しています。中国は、SDR採用の決定によって、この提言に応えるべく責任が増大したことになります。

中国大躍進

中国にとって2015年は、上海株の急落や経済の減速など経済面ではぱっとしない1年でしたが、国際金融体制という大きな枠組みの中では、「脱ドル」経済圏形成という大きな目標へ大躍進した年でした。(2015年4月1日付「第42回 中国主導の国際機関創設」参照)

  • 2015年 6月 アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立調印(加盟国57か国、日米参加せず)
  • 2015年 7月 BRICS開発銀行開業
  • 2015年11月 IMFのSDR構成通貨に採用(実施は2016年10月1日から)

中国は、戦後の米英主導の国際金融体制(「ブレトンウッズ体制」)に対抗するため中国主導で新体制を構築しようと2013年頃から動き始めていました。中国の狙いとしては、「非米国」、「脱ドル」の経済圏形成を目指し、中国の外貨準備4兆ドルの運用を米国債偏重から新興国へのインフラ投資へと拡大し、そして人民元取引を増大させ、人民元マーケットの拡大を目指そうとしてきました。それが2015年に一気に開花した印象です。

今回の決定は、本来なら9月のIMF総会で決定される予定でしたが、7月、8月の上海株急落とその後の人民元介入によって、中国経済への不安と人民元自由化への疑念から採用基準を満たさず、今回は見送りかなと思われました。しかし、SDRの構成通貨の変更は5年に1回であるため、IMFは金融市場の動揺が収まるまで今年の決定時期を先延ばししました。とにかく、政治的に今年に決めようという思惑が働いたなという印象です。中国との関係を強化したいため人民元国際化を支援しようという欧州勢の思惑が優ったようですが、日米も人民元採用によって自由化を加速させようという思惑もあったようで、AIIBの時のような強い横槍はなかったようです。メディアによる欧米の評価も分かれています。イギリスのFT(FINANCIAL TIMES)は「 中国はエリートの仲間入り 」と大きな見出しを挙げ、「中国や世界の金融システムにとっても大きな一歩」と報じています。一方、米国のニューヨークタイムズ(NY Times)は「中央銀行の外貨準備の価値算定で重要であり、人民元は安全というお墨付き」としながらも、ただし「金融システムに規制多く、改革が終わったわけではない」と辛口で結んでいます。

為替市場への影響

SDRの人民元の採用は、為替市場でどのような影響を与えるでしょうか。今回の決定によって、各国政府はSDRとの交換に備え外貨準備のポートフォリオとして人民元を増やしていくことが予想されます。今後5年間で3000億ドル(約39兆円)、あるいは長期的に5000億ドル(約62兆円)に相当する人民元の需要が出るとの試算もあります。人民元買い・ドル売りとなり、ドル安要因となりますが、長期的にゆっくりと資産組み換えが行われる可能性があるため、短期的にはほとんど影響が出ないと思われます。
現在、世界の外貨準備の残高は11兆4千億ドルあり、過去10年で3倍になりました。また、IMFによると外貨準備で人民元を保有する国は2014年で38カ国と、前年より11か国増えていますが、外貨準備に占める人民元の割合は現在1%程度にしか過ぎません。円の4%だけではなく、64%を占めるドルにも遠く及びません。しかし、人民元の自由化が加速し、使い勝手がよくなれば、SDRの構成比率に近い、あるいはそれ以上に人民元の需要が出る可能性があるため、常に人民元の制度改革には注目しておく必要があります。