実質輸出

「実質」が頭につく経済用語の中では、輸出に関連した「実質輸出」という考え方があります。
輸出に関する統計には、財務省が公表する国際収支統計と貿易統計があります。国際収支統計は、日本と外国とのモノやサービスのやり取りを把握する統計です。モノやサービスのお金の動きを集計し、投資なども含めてお金全体の流れを把握できる、いわば、「国の対外的な家計簿」になります。貿易統計は、実際に税関を通ったモノの動きを集計した統計です。

貿易の輸出入金額は、数量の変化や価格が動くことで変動します。この統計は円ベースで見た金額の動きを集計した統計のため、外貨建てで海外に輸出した場合は、もちろん、為替の変動によって金額は変動します。例えば、1万ドルで自動車1台を輸出し、その時の為替レートが1ドル=100円であれば、輸出で得た外貨(ドル)を国内で円に換えた場合、1万ドル×100円=100万円となります。外貨に換える時に為替が円安に変動した場合は、例えば1ドル=120円になれば国内で手にする円貨は、1万ドル×120円=120万円となります。逆に円高になれば、例えば1ドル=80円になれば国内で手にする円貨は、1万ドル×80円=80万円となります。このように、同じ数量だけ輸出しても円相場が変わった分だけ円価の金額が増えたり減ったりすることになります。このことは企業業績を大きく左右することを意味します。

貿易統計の輸出入金額は、このように数量の変化や、価格、為替の変動によって金額が変わってきますが、価格の変化の中には物価の影響によって変化する部分もあります。この物価の変動の影響を除いて「実質化」することによって、輸出の動向を見る指標が「実質輸出」となります。輸出は増えているのか減っているのか、実際のところどうなのか、物価の変動を除いて考えてみようという時に判断材料になる指標です。この指数は日銀が算出しています。名目の輸出金額を、物価指数で割り、物価変動の影響を除去することで作成されています。日銀が作成している企業物価指数(原則として輸出入物価指数)で割ることにより実質化されています。また、季節調整がされた指数となっています。これは、米国のクリスマスや中国の春節など、季節によって輸出の増減が生じるため、このような季節による要因をならして算出されています。

実質輸出と名目為替レート

貿易収支は、輸出と輸入とが集計され、その差引である貿易収支が為替マーケットでは注目されています。輸出-輸入=プラスの数字が黒字、マイナスの数字が赤字となります。輸出>輸入=黒字、輸出<輸入=赤字となります。輸出が増えて、黒字になるとGDP成長率に対してはプラス効果となります。輸出が増えて貿易赤字が減ることも、GDPにはプラス効果になります。輸出を増やす即効薬は円安になることです。アベノミクスは、金融の異次元緩和によって株高と円安を誘発し、経済を活性化することを狙った政策です。日銀は、株高と円安を狙った政策ではないと主張していますが、現実には異次元金融緩和による経済刺激効果よりも株高と円安による効果の方が大きかったようです。株高によって景況感が上向き(心理効果と資産効果)、経済を活性化し、消費を活発にする効果がありました。円安は輸出金額を増やし、輸出企業の利益が増え、その企業の従業員の給料が増え、消費を活発にする効果が期待されました。このように円安による輸出増が、GDP成長率の即効薬として効果が大きいということで輸出の動向が注目されています。輸出の動向は、プラザ合意(1985年)以前も、以後もマーケットでは常に注目されており、局面によっては為替動向に大きく影響してきます。従って、日本の輸出の動向を常に留意しておくことは相場予測の上では非常に重要なこととなります。

アベノミクスによって1ドル=80円が1ドル=120円までの円安となりました。自動車などの大手輸出企業は、収益構造が改善され、為替益が企業利益に大きく寄与しました。その結果、いち早く従業員の賃金をアップしました。ここまではアベノミクスは成功したと言えますが、実際のところ、日本全体では輸出が増えたのかどうか、このことを判断しておく必要があります。基調として輸出が増えていないのであれば、これ以上円安に行っても実質の輸出金額は増えないかもしれません。むしろ、エネルギーの輸入コストが更に増えるという悪影響の方が大きくなってきます。

下表は、ドル円の名目為替レート(青線)実質輸出(赤線)を2000年以降で表示したグラフです。

青線 「名目為替レート(普通の為替レート)」
(東京市場の ドル・円 スポット 17時時点/月中平均のグラフ)

赤線 「実質輸出」  (基準年2010年=100)

2012年終わり頃から、ドル円はアベノミクスによって円安に動いています。実質輸出も、当初は円安の動きに伴って増えていきました。ところが、2015年に入ってからは、ドル円はじりじりと円安に動きましたが、実質輸出は下がってきています。つまり、このグラフからは、今年に入って円安効果が消えているということが分かります。今後、景気が停滞し、あるいは物価が日銀の目標とする2%達成が難しくなり(いや、マイナス物価となることも予想されますが)、その時に、黒田総裁は第3弾の追加緩和をやるのでしょうか。追加緩和によって円安には行っても、このグラフから連想する限り、輸出が増える効果は期待できない可能性があります。輸出は増えず、エネルギーなどの輸入金額が増え、個人の生活や企業収益を圧迫する副作用の方が大きくなるかもしれません。

「実質輸出」という考え方は、あまり頻繁に新聞やメディアには出てきませんが、このような意味合いがあるということを知っておくことは損にはなりません。GDP成長率に即効薬となる円安、しかし、円安に動いても輸出が増えないかもしれないという側面は、常に頭に入れておく必要があります。

【輸出関連の統計 財務省公表】

  • 国際収支統計日本と外国とのモノやサービスのやり取りを把握する統計
    モノやサービスのお金の動きを集計し、投資なども含めてお金全体の流れを
    把握できる、いわば、「国の対外的な家計簿」
  • 貿易統計実際に税関を通ったモノの動きを集計した統計
  • 貿易統計の輸出入金額 → 数量の変化、価格、為替の変動によって変動
    円安 → 輸出増加、輸入減少
    円高 → 輸出減少、輸入増加
  • 貿易収支輸出と輸入との差引 → 為替マーケットでは注目
    輸出-輸入=プラス  → 黒字 輸出>輸入=黒字
    輸出-輸入=マイナス → 赤字 輸出<輸入=赤字
    (円安)→輸出増加→貿易収支黒字(赤字減少)→GDP成長率プラス効果
    輸出を増やす即効薬としての円安も限界がある場合も...

実質輸出 (日銀が作成)
物価の変動の影響を除いて輸出の動向を見る指標、季節調整されて算出
名目の輸出金額を、物価指数で割り、物価変動の影響を除去することで作成
日銀が作成している企業物価指数(原則として輸出入物価指数)で割って実質化