名目と実質

前回、日本のGDPを説明しましたが、GDPの内訳の表の中で「実質成長率」と「名目成長率」の項目があります。この「実質」と「名目」の違いは何でしょうか。マーケットで注目するのは実質GDPであり、名目の数字で反応することはめったにありません。しかし、その意味合いを知っておくことは、経済の動きを読み解く時に役に立ちます。

GDPは日本の経済活動を金額で表した集計ですが、その金額をそのまま足し合わせたGDPを「名目」GDPと言い、物の値段の変動の影響をのぞいたGDPを「実質」GDPと言います。つまり、「実質GDP」とは、物価の上昇・下落分を取り除いた数字ということになります。

実際の個人の消費活動では、物を買う時に値段が上がったか下がったかは気にしますが、買うと決めたらその商品に対してその金額を支払いますので、支払った金額がGDPの一部になります。買う時に、これは名目ではこの金額だが、物価上昇分を差し引いた実質ではこの金額になると考えてお金は払いません。従って、GDPは名目でいいのではないか、こちらの数字の方が実体経済に近いのではないかと思われる方も多いと思います。家計簿につける時に、この商品は物価上昇分を差し引いた実質ではこの金額になったとは書きません。では、なぜ、わざわざGDPの集計では名目と実質を分けて数字を発表するのでしょうか。

例えば昨年、100円のパンが10個売れたとすると、GDPは、10個分の1,000円となります (100円×10個=1,000円)。今年になって、物価が上がり、パンが200円に値上がりしたとします。そして、今年もパンは10個売れたとします。すると、今年のGDPは2000円になります (200円×10個=2,000円)。この場合、実際に消費された金額を表す名目GDPは、昨年は1,000円。 今年は2,000円になり、経済成長率は2倍になったことになります。消費されたパンの個数は昨年と今年も10個と変わらないのに(消費行動は変わらないのに)、物の値段が変わっただけで経済成長率が2倍になったことになります。

パンを売った人は、昨年も今年も10個しか売れてないのに、経済成長が2倍になったと実感できるのでしょうか。確かに売上げ金額は2倍になりましたが、全体的に物価が上がっていれば、原材料も人件費も上がっているため、利益が同じであれば、売上個数を増やさない限り、景気が2倍良くなったとは実感できないでしょう。パンの値上がり分を差し引いて考えると、昨年も今年も同じ金額の 1,000円となり、これが実質GDPとなります。この結果、経済成長率は0%になります。こちらの方が実感があり、経済実体を把握する参考数字となります。

他国とのGDP成長率を見る場合も、物価の変動を差し引いた実質GDPで見ないとその国の実際の経済力がわかりません。例えば、物価が非常に上昇している国の名目GDPは、大きくなり、昨年の1.5倍になったとしても、物価上昇分を差し引いたら1.2倍かもしれません、あるいは急激なインフレに見舞われ、0.8倍かもしれません。

パン売り上げによる名目GDPと実質GDP

  1年目
(基準年)
2年目
(100円値上げ)
経済成長率(%)
名目GDP
(金額)
100円×10個
1,000円
200円×10個
2,000円
(2,000円-1,000円)
÷1,000円×100=100(%)
…2倍の成長
実質GDP
(物価を除いた金額)
100円×10個
1,000円
100円×10個
1,000円
値上がり分を除く
(1,000円-1,000円)
÷1,000円×100=0(%)
…ゼロ成長

GDPデフレーター

名目GDPを実質GDPで割った数字をGDPデフレーターと言います。名目GDPは現在(時価)の金額を表しますが、実質GDPは、ある基準年からの物価変動を考慮して算出されます。GDPデフレーターは、消費者物価指数とは違い、国全体の物価変動を表した数字になります。景気が過熱しているか後退しているかは、消費者物価ではなく、このGDPデフレーターで判断されます。

( 名目GDP ÷ 実質GDP = GDPデフレーター )

名目と実質を見比べると、現在、物価が上昇(インフレ)しているか、または下落(デフレ)しているかを確認することができます。GDPデフレーターが1.0以上(名目>実質)の時は、インフレが起こっている状況を表し、GDPデフレーターが1.0未満(名目GDP<実質GDP)の状況を名実逆転現象とよび、経済がデフレ状況にあることを示す一つの目安とされています。日本では、1990年代後半から2000年代初めにかけて名目<実質の時期(デフレ状況)が長く続いていました。

2015年4-6月期の日本のGDPは、年率換算で実質GDPが▲1.6%、名目GDPが+0.1%となっています。名目>実質となっているのでインフレが起こっていることが確認できます。実質GDPがマイナスの主因として、個人消費の減速(▲0.8%)が大きな影響を与えています。個人消費低迷の背景には食品などの物価が上昇している割には、賃金の上昇が追い付いていないという背景があります。つまり、物価変動の影響を除いた賃金、いわゆる実質賃金が伸び悩んでいるということになります。ここでも「名目」と「実質」の概念が出てきます。この「名目」や「実質」が頭につくさまざまな経済指標が新聞などに出てきた時は、「名目」は素のままの数字であり、「実質」は物価変動分を差し引いた数字と覚えておくと便利です。

名目と実質 「 物価変動 」の影響を反映させているかどうかの違い

名目GDP = 日本の経済活動をそのままの金額で集計したGDP
実質GDP = 物価変動の影響(物価の上昇・下落分)を取り除いたGDP
実質賃金 = 物価変動の影響(物価の上昇・下落分)を取り除いた賃金

名目 - 実質 = 物価変動率
実質 = 名目 - 物価変動率

実質成長率 = 名目成長率 - 物価変動率
名目成長率 = 実質成長率 + 物価変動率
実質賃金 = 名目賃金 - 物価変動率

GDPデフレーター  国全体の物価変動指数

名目 GDP ÷ 実質 GDP = GDP デフレーター

→ 1.0以上(名目GDP>実質GDP) ⇒ インフレ状況
→ 1.0未満(名目GDP<実質GDP、名実逆転現象) ⇒ デフレ状況