新興国経済

経済の成長(GDPの増大)とともに金融、株式、為替市場も拡大していくため、先進国だけではなく、新興国の株や債券、通貨も投資の対象になってきているというお話をしました。為替の世界では既に人気の投資商品であるオーストラリアドルや、最近ではトルコリラや南アランドが人気を高めてきています。これら新興国の株や債券、通貨は、成長のスピードが先進国と比べて速いため、株の上昇率が高く、また経済の拡大スピードも速いため、先進国と比べて金利水準が高いのが特徴であり、それが魅力となっています。

新興国発行の社債市場が急速に拡大していることがそのことを表しています。新興国市場の社債発行額は、2012年に約3,600億ドル(約44兆円)と過去最高額となり、その後も2013年には約3,500億ドル、2014年には約3,200億ドルと高水準の発行が続いており、10年前の2004年の670億ドルの発行額と比べると急拡大しているのがわかります。経済の成長とともに資金が必要になりますが、発行額が急拡大し高水準の発行が維持出来ているということは、人気投資商品となって社債の購入者が増えているため資金調達が出来ているということになります。この傾向は、多少の上下動はあっても世界経済の成長とともに長期的には拡大傾向になることが予想されています。

米国の金融政策の影響

これら魅力的な新興国市場ですが、一方でそのリスクも考えておかなければなりません。

最も重要なポイントは、現在の世界の運用マネーの構図を知っておくことです。単純図式で考えると、現在の世界の運用マネーは米国の金融政策に左右されている点です。米国の景気後退の中で、米国の中央銀行であるFRBは金利をゼロ金利まで下げ、更に量的緩和という中央銀行が国債などの証券を買い取り、市中に資金を供給する政策を取ってきました。この政策によって資金は米国内のみならず、高い運用利回りを求めて、米国内から海外に、特に新興国に向かいました。その結果、新興国の株や債券は、新興国の経済成長以上のスピードで上昇していきました。これが、2013年頃までの構図です。その後、当時のFRB議長であるバーナンキ議長が量的緩和の縮小を示唆すると、新興国から資金を引き揚げる局面が一時起こりました。しかし、その後米国金融緩和は長引くとの見方が広がると、再び新興国に資金が向かい始めました。そして、現在は、7月の議会証言でイエレン議長が年内の利上げを改めて示唆したことからドル回帰の動きになってきています。ドル回帰とは、利上げによって米国の利回りに魅力が出て来ることから、新興国からドルへ(新興国の株や通貨が下落し、債券は売られて金利上昇)、商品からドルへ(原油や金などのドル建て商品の価格が下落)、為替ではドル買い中心の動きとなってくることです。

世界の運用マネーの基本構図

米国金融政策緩和継続⇒ ドルから新興国通貨、株、債券、ドル建て商品へ

米国金融政策引締め(利上げ)⇒ ドル回帰、新興国からドル、ドル建て商品からドルへ

新興国の経済指標

新興国の投資商品は成長力(株価に反映)や金利で魅力的ですが、上述のように米国金融政策に大きく左右されています。同時に新興国の国として持っている固有リスクにも留意しておく必要があります。

新興国は、経済成長途上の国であるため、概してインフレ率が高く、経常収支の赤字が大きく、海外の資金への依存度が高いのが特徴です。更に米国が量的緩和を縮小したこの2年余りで見ると、緩やかにドル高の動きとなっているため自国通貨が下落しています。その結果、通貨下落によって物価上昇圧力が大きくなってきています。この通貨下落の防衛とインフレ抑制のために利上げを迫られていますが、景気が減速している中では非常に厳しい政策選択になりつつあります。また、米国が実際に利上げとなると、投資資金が新興国から米国へ戻る動きが起こるため、海外からの資金に頼っている国ほど資金繰りがタイトになってきます。また、原油下落はインフレ抑制には貢献しますが、新興国の中で資源輸出に頼っている国にとっては、原油下落によって他の資源価格も下落するため輸出が減少し、経常収支が悪化する要因になることから必ずしも喜べる話ではありません。

以上のように新興国固有のリスクを並べましたが、あくまで内在するリスクであり、今すぐ起こるリスクではありませんが、常に留意しておく必要があります。以下の表は、IMF予測をベースにした、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)と人気が高まっているトルコを加えた新興国の注目すべき指標をまとめたものです。経常収支のGDP比率は経済が成長し、海外から稼ぐ力(輸出力)が大きくなってくれば赤字比率が小さくなってきます。また、外貨準備の対外短期債務比率は、短期の海外からの借金が外貨準備の何倍あるかという数字ですが、比率が小さいほど、いざという時には返済しやすくなりますが、中国のように成長とともに比率を増やしていく国もあります。インフレは、中国以外はどの国も高く、GDPは総じて減少傾向にあることがわかります。これら経済指標以外にも国内政治リスクや地政学リスクにも留意しておく必要があります。

国名 経常収支
(GDP比 %)
外貨準備
(対外短期
債務比、倍)
2014 2015
ブラジル ▲3.9 ▲3.7 3.07
ロシア 3.1 5.4 4.24
インド ▲1.4 ▲1.3 2.77
中国 2.0 3.2 4.55
南アフリカ ▲5.4 ▲4.6 2.29
トルコ ▲5.7 ▲4.2 1.05
国名 GDP(%) インフレ率(%)
2014(前年比) 2015(前年比) 2014(前年比)
ブラジル 0.1 ▲2.6 ▲1.0 ▲1.2 6.3 0.1
ロシア 0.6 ▲0.7 ▲3.8 ▲4.5 7.8 1.1
インド 7.2 0.3 7.5 0.3 6.0 ▲4.0
中国 7.4 ▲0.4 6.8 ▲0.6 2.0 ▲0.6
南アフリカ 1.5 ▲0.7 2.0 0. 6.1 0.3
トルコ 2.9 ▲1.2 3.1 0.3 8.9 1.4

IMFのラガルド専務理事は、6月の記者会見で米国の利上げについて注文を付けました。FRBは賃金や物価の上昇についてより明確な兆候が見えるまで利上げを待つべきだ、更に、利上げ開始は来年の早い時期の方が望ましく、かつ、利上げはゆっくり進めるのが合理的であると踏み込んだ発言をしました。米国の利上げによって、景気が減速している新興国への影響を懸念した異例の発言でした。実際に米国が利上げをすると新興国の株や債券は影響を受け、通貨は売られることが予想されます。但し、通貨は、スワップコストやスワッププロフィットを考慮しなければ、売りと買いの両方に投資機会が平等にあるため、米国利上げというイベントは大きな投資チャンスかもしれません。その場合でも、上述した新興国固有の内在リスクは常に頭においておく慎重な姿勢が必要です。

新興国の特徴(内在するリスク)

  • インフレ率が高い
  • 経常収支の赤字が大きい
  • 海外資金への依存度が高い

ドル高の影響

  • 通貨下落 → インフレ上昇 → 政策金利の利上げ → 景気減速
  • 海外資金の流出い
  • 原油や資源の下落 → 輸出の減少 → 経常収支の悪化

国内政治リスクと地政学リスク