中国主導の国際機関創設
ここ何回かIMFや世銀などの国際機関の話をしていますが、今回は新たな国際機関創設の動きの話をします。直接的に相場に影響する話ではないですが、国際経済や、場合によっては国際政治に一石を投じる話ですので、知っていて損になる話ではありません。
それは、中国主導で国際機関を新たに創設し、米英主導の戦後の国際金融の枠組み「ブレトンウッズ体制」に対抗する新たな体制を築こうとする動きです。
BRICS開発銀行
ひとつは、BRICS開発銀行の発足です。
2014年7月にブラジルで開催されたBRICS首脳会議(BRICS=ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)で、世界銀行と同様の役割を果たす独自の開発銀行を設立することで合意しました。正式名称は、「新開発銀行」(New Development Bank)、通称「BRICS開発銀行」と呼ばれています。本部は、上海に設置され、南アフリカには「新開発銀行アフリカ地域センター」という名称でアフリカ本部も設置される予定です。アジアやアフリカなど途上国のインフラ整備を支援する目的で設立され、当初の資本金は500億ドル(約6兆円)で5ヵ国が均等に出資し、7年間で資本金を1000億ドルに増やす計画となっています。参加国は、当初のBRICS5カ国に加え、後日、トルコやメキシコ、インドネシア、ナイジェリアなどほかの新興国が参加する予定になっているようです。
また、首脳会議では、金融危機で流動性資金が不足した際などに外貨を融通し合うため、総額1000億ドルの基金を設立することでも合意しました。これは「新興国版のIMF」に相当します。BRICSは、今や世界のGDPの約2割を占めるまでになりましたが、世銀やIMFの運営や人事で十分に影響力を行使できないことから、新しい国際金融体制を構築し、国際社会での影響力を強め、米国が主導してきた戦後の国際金融秩序に対抗する狙いがあります。新しく設立される基金では、ドルやユーロの位置は大きく後退し、人民元が主導的通貨になるかもしれません。
アジアインフラ投資銀行 (AIIB)
もうひとつの国際機関は、アジアインフラ投資銀行(AIIB Asian Infrastructure Investment Bank)です。AIIBは、アジアにおける鉄道や道路など社会基盤への投資促進を目的に、中国主導で年内の設立を目指す国際金融機関です。アジアにはアジア開発銀行がありますが、これに対抗するための「日本抜きのアジア開発銀行」と言われています。日銀の黒田総裁の前職は、アジア開発銀行総裁です。アジア開発銀行の歴代総裁はすべて日本人が占めてきており、アジア開発銀行は日本主導の国際金融機関です(アジア開銀出資比率 ①日本15.7% ②米国 15.6% ③中国 6.5%)。
アジアインフラ投資銀行の資本金は当初500億ドルとし、最終的には1000億ドルとしていますが、その大半を中国が負担し、初代総裁のポストも中国が握る見通しとなっています。中国が圧倒的に主導する投資銀行です。
世界銀行、IMF,BRICS開発銀行、アジアインフラ投資銀行の概要を以下の表にまとめました。
世界銀行 | 国際通貨基金 (IMF) |
新開発銀行 (BRICS開発銀行) |
アジアインフラ 投資銀行(AIIB) |
|
---|---|---|---|---|
設立 | 1944年 | 1944年 | 未定 | 未定 |
所在地 | 米・ワシントン | 米・ワシントン | 中国・上海 | 未定 |
代表 | キム総裁(米) | ラガルド専務理事(仏) | 初代総裁・インド | 初代・中国? |
資金規模 | 貸出上限額は約2,000億ドル、 今後10年間で3,000億ドルに増やす |
加盟国からの出資割当額は総額3,680億ドル | 資本金500億ドル、7年間で1,000億ドルに増やす | 500億ドル以上、 最終的に1,000億ドル |
出資比率 | ① 米国16.7% ② 日本7.2% ③ 中国4.6% |
① 米国17.41% ② 日本6.46% ③ 中国6.39% |
BRICS5ヵ国で均等に出資 | 中国が約半分を拠出する最大出資者 |
概要 | 188ヵ国が加盟し、途上国向け融資や政策助言を実施 | 188ヵ国が加盟し、加盟国への融資や金融システムの監督を実施 | アジアやアフリカ、中南米の途上国のインフラ事業に融資流動性対策として1,000億ドルの基金を設立 | アジア、中東のみならず英国、ニュージーランドなど27カ国が参加表明 |
中国の狙い、英国の思惑
BRICS開発銀行とAIIBの創設は、戦後の米英主導の国際金融体制に対抗するため中国主導で新体制を構築しようとする動きですが、具体的な中国の狙いとしては、「非米国」、「脱ドル」の経済圏形成を狙っているようです。中国の外貨準備4兆ドルの運用を米国債偏重から新興国へのインフラ投資へと拡大し、人民元取引を増大させ、人民元マーケットの拡大を目指そうとする狙いです。また中東諸国を取り込むことによって、エネルギー安全保障を強化する狙いがあるようです。
アジアインフラ投資銀行の現在の参加表明国は、ASEANを含めアジア、中東の27カ国ですが、AIIBの創設メンバーになるためには2015年3月期限で表明しなければなりません。そのため、3月に入って国際金融界に動揺が走る動きが出てきています。これまでは、AIIBは中国主導でアジアや中東諸国が追随する国際機関との位置づけだったため、日米はアジアにはアジア開発銀行があると牽制していただけでした。しかし、創設メンバーになるための参加表明期限が迫る3月に入ってニュージーランドが参加表明し、そしてイギリスが参加表明したことから、事態は日米の牽制から懸念に変わってきました。イギリスの参加表明は先進G7諸国の中で初の参加表明です。イギリスとしては、アジア開発銀行とはあまり関与していなかったことから、中国との関係を強化し、人民元取引の増大や中国・アジア市場での影響力の拡大を狙い、またロンドン市場を、人民元を使った金融取引の中心的な市場に育てたいとの思惑があるようです。イギリスの参加表明によってカナダやオーストラリア、韓国などが参加してくることも予想され、また、3月16日付のフィナンシャル・タイムズによるとフランスとドイツ、イタリアもAIIBへの参加方針を決めたと報じています。日米は驚きだ、と表明し、AIIBの拡大を懸念する日米にとっては大打撃となりました。
今後、米中の国際金融体制の主導権争いが激しくなってくることが予想されます。これらの動きは、相場には今すぐ直接的には影響しませんが、国際経済における米国の影響力の低下、中国の米国債保有高の減少、人民元取引の増大など(いずれもドル売り要因)、じわっと影響が効いてくる可能性があるため、その動向には注目しておいた方がよさそうです。