前回に引き続き、公的年金の話題を取り上げてみます。実はなんとなく取り組んでいる資産形成をより具体化していく過程において公的年金制度の理解が欠かせないからです。
今回は「公的年金のちょっといいところ」を考えてみます。金額が少なくなったとしても、公的年金ならではの「金融商品」としてのメリットがあるからです。
長生きが経済的にはもっとも「リスク」である
今ほど長生きがリスクとなった時代はありません。個人の人生において、20年以上の余生を想定した社会は歴史上ありません。しかし、日本では実質的な退職年齢が60歳、継続雇用を行ってもほとんどの人が65歳でリタイアを迎えています。
65歳の男性の平均余命は約19年、女性は約24年ですからそれぞれ84歳、89歳は視野に入れなければならないということです。少なくとも20年、女性でいえば25年を意識する必要があります。
しかし、平均余命はあくまで平均ですから、一部の人はもっと長寿である、という問題があります。生存率でみると、男性は22%が90歳まで、女性は23%が95歳まで生きるとされます。おおむね2割の人は平均を5年以上長生きすることになります。
たかが5年と思っていても、年300万円くらいの生活費がかかるとすれば、1,500万円にもなりますから、金額的影響は無視できません。かといって、1,500万円貯めておいても使わない(つまり早く亡くなる)可能性もありますし、もっと長生きして不足する可能性もあります。
民間でこうしたリスクに備えようとしたとき、ひとつの解決策は終身年金を購入することです。
終身年金を合理的に買うのは難しい
長生きのブレ幅が大きいため、これに備えることが容易ではないとしても、終身年金を合理的に判断して購入することもまた難しいことが分かっています。俗にいう「終身年金のパズル」です。
行動ファイナンスでは「時間選好」や「あいまいさ回避」といったキーワードで、時間軸が異なる時点の経済的評価は非合理的になってしまうことが示されています。終身年金でいえば、「遠い将来の給付可能性ほど過小評価」されてしまい、「実際の生存年数が明らかでないので何年もらえるかわからない終身年金を避ける」ことになってしまいます。
確かに、現状の低金利環境下で終身年金で元を取ることはなかなか困難です。あるプランでは30歳から60歳までかけて1,150万円ほど払いますが、保証期間(15年)に受け取れる額は約900万円であり、平均余命より若くして死ぬと元本割れになってしまいます(実際には保険による安心料もあるのですが)。
この終身年金プランでは、保険料と同額を受け取るためには60歳から80歳まで時間がかかるとしています。つまり20年です。冷静に考えれば、日本人男性の80歳時点での生存率は60.2%なので分が悪い話ではありません。むしろ超長寿になった場合には大きく得をします。
しかし、普通の個人はこうした終身年金を選択することが難しいのです。
公的年金を長生きのリスクヘッジ商品と割り切る
そこで考えてみたいのは公的年金の役割です。私たちが豊かな老後を期待するとき、公的年金だけでは心許ないのは明らかです。しかし、民間の金融商品に比べて強力なメリットがひとつだけあります。それは終身年金です。
年金受給者が生存している限り、公的年金は何十年でも支給されます。65歳から受け取り始めたと仮定して平均寿命の19年間(男性の場合)受け取った場合と、95歳まで受け取った場合では、受取総額は58%も変動します。しかし、どんなに長生きしようとも支給が停止されることはありません(受取総額が一定額を超えた場合、相続税で回収すべきという議論はあれど、終身給付を停止しようという議論はない)。
よく社会保障の損得論が論じられますが、男性に比べて女性はほとんど不公平がありません。1985年生まれの男性は1,400万円の負担過剰というレポートも、よくみると同年生まれの女性はプラス23万円の収支となっているほどです。なぜなら女性のほうが医療や年金等の社会保障サービスを長生きする分、多く受けられるからです。
これはつまり、5年程度の長生きで公的年金等の損得はひっくり返ることをあらわしています。そして5年前後の長生きの可能性は個人的なレベルの問題であることも気づくはずです。
もしも、長生きをしたとき、現金の蓄えがもし底をついたとしても、2か月待てば公的年金の振り込みがある(年金は隔月支給)というのは不確実な長生きリスクへの備えとして最大かつ最強のヘッジなのです。
先ほど民間の終身年金保険を合理的に選択することは難しいと指摘しました。公的年金はその点、強制加入ですから非合理的判断が介在する余地がありません。これもまた長生きリスクのヘッジとして有効なのです。
公的年金はまだ給付水準の引き下げが予定されていますが、それでも終身であれば大きな価値がある、と考えてみるべきでしょう。
(その代わり公的年金には最低保証期間がないので、早世すると明らかに損となる。だからこそ超長寿にも対応した終身年金が支払えるともいえる)
自助努力を「平均余命までの期間の余裕づくり」に特化してもいい
ここまで整理ができると、個人が自助努力で行う老後資産形成は基礎的な生活支出にプラスアルファする部分に特化し、また平均的な余命に若干の余裕を見込めばいい、ということになります。
65歳リタイアの男性なら約20年分を意識し、資産形成を行うとよいでしょう。公的年金水準にすでに毎月5万円以上不足していることを考えれば1,200万円が最低ラインで、毎月4万円の上積みを目指すとすれば、960万円の追加となります。もっと多くの余裕を作れるものなら、しっかり資産形成しておきたいものです。
セカンドライフに入ってからも、約20年で残しておきたい老後の資産額を定めて、残額を割ることで毎月取り崩しても差し支えない金額が明らかになります。お金は十分にあるのに怖くて取り崩しができず、清貧な生活を20年過ごすという失敗をせずにすみます。
公的年金を金融商品として捉えることで、むしろ「金融商品ではない」からこそ残しておける価値が見えてくるのではないでしょうか。